溝渕 泰寛

1989年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。1992年3月、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。1995年3月、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。1995年4月、科学技術庁航空宇宙技術研究所(NAL)入所。

燃焼現象の本質を理解して知見を引き出す

― これまでの研究と現在の研究内容について教えてください。

20年ほど前に航空宇宙技術研究所(現JAXA)に入った頃は、ガスの燃焼のシミュレーションをやっていました。研究所には大きな計算機があって、膨大なデータを出力することができたのですが、物理現象の根底に流れているエッセンスを理解していないと、いくら計算をしても新しい知見は得られません。出てきた結果からどういう知見を引き出すかは、研究者が物理の原理原則を解明して、燃焼現象の本質をきちんと理解しているかによって決まります。炎は一つに見えても、実際にはいろいろな性質のものが組み合わさっている場合があります。例えば噴流浮き上り火炎の場合、火炎構造を分析してみると炎は三つの燃焼構造の複合体であることが分かります(右下図参照)。この発見は、ある先輩からいただいたアドバイスがきっかけでした。多くの人がさまざまな視点で同じものを見ることで、一つの現象の違う側面も見え、今まで分からなかった知見を引き出すことができるのです。現在は、航空機エンジンやロケットエンジンの燃焼現象を解析するためのシミュレーション技術を高度化する研究が中心です。具体的にはスーパーコンピューターを使って大規模で詳細な数値シミュレーションを行い、燃焼現象の物理的な本質を理解した上でモデル化するという仕事をしています。

また、航空宇宙分野で培ったCFD(数値流体力学)技術をベースに、日本の自動車エンジン燃焼解析のプラットフォームとなり得るソフトの開発も行っています。開発のきっかけは、ロケットエンジンの燃焼の解析を見た自動車エンジン研究者から「ロケットエンジンのような速い燃焼流れの解析ができるのなら、自動車エンジンの解析もできないか」と関心を持っていただいたことでした。自動車と航空機やロケットのエンジンとの一番の違いは、自動車エンジンの場合、ピストンやバルブが動くということです。JAXAでは従来、そこをカバーし得るさまざまな方法の研究も行っていたこともあり、2014年から始まった戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の革新的燃焼技術プロジェクトに参加することになりました。これは大学や自動車会社など、複数の機関が集まったプロジェクトです。JAXAはそのエンジンの解析をする骨格の部分を作り、他の大学などが開発するエンジン内で起こるさまざまなプロセスに関する個別のサブモデルを統合するという役割を担っています。それら全てをまとめて「HINOCA(火神)」と呼んで開発を進めています。

― 仕事を通じてやりがいを感じたことは何でしょうか。

現在私は管理職になっていますが、自分の部署の若い人がいい研究をした時はやりがいを感じます。私としては、若い人が研究しやすい環境を整えるのが重要な仕事の一つなので、その中で成果が出たらうれしいですね。もちろん、HINOCAもやりがいの一つです。現在、自動車開発のシミュレーションに使われているソフトは全部外国製なので、ソフトの中身がブラックボックスのため、独自の改良ができません。また、良いモデルを開発しても、すぐに組み込むことができません。ぜひとも日本製のソフトが必要だという声も聞きます。この日本製のソフトが実現すれば実験の回数や供試体の製作コストが減り、自動車の設計プロセスから変わってくるでしょう。精度が良いシミュレーションができるようになれば製品の最終確認に使うなど、CAEやシミュレーション技術を使った設計ができるようになります。

まだ解明されていない炎の研究を継続することで、これまで行ってきたシミュレーションによる設計から一歩進んだ、より燃焼流体の潜在能力を引き出した設計が可能となることを期待しています。そして、日本の航空機産業だけでなく自動車産業を含めた産業界に広く貢献できればと思っています。

自動車燃焼シミュレーションの前で


総合科学技術・イノベーション会議が主導する、科学技術イノベーションを実現するために創設された国家プログラム。従来の府省や分野の枠を超え、研究開発課題ごとにPD(プログラムディレクター)を選定し、基礎研究から実用化・事業化までを見据えて推進していく。

CAE(Computer Aided Engineering):実際に物を作る前にコンピューター上でシミュレーションし、分析する技術。試作や実験の回数を減らすとともに、さまざまな問題を予想し、製品の設計、製造、工程設計の事前検討の支援を行う。

このインタビューは、JAXA航空部門広報誌「FLIGHT PATH No.16」からの転載です。
所属・肩書などは取材当時のものです。

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