燃焼振動の話

JAXAメールマガジン第196号(2013年4月22日発行)
立花繁

こんにちは。航空本部の立花繁です。ジェットエンジン燃焼器の研究をしています。このコラムの初回(JAXAメールマガジン第189号)に鈴木和雄さんから「環境に優しいエンジンをめざして!」という話がありました。私が現在進めている研究のゴールは、まさにそこにあります。環境に優しいというのは、NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)のような公害物質の排出を減らすこと、燃費の良いエンジンを作ってCO2(二酸化炭素)の排出を減らすこと、それから、エンジンが発する騒音を小さくすることなどを意味しています。燃焼器はこのすべてに関わるエンジンの重要な要素です。

現在、取り組んでいる主な研究テーマは、燃焼振動問題の解決です。NOxやPMを減らすのに有望な方法として「希薄予混合燃焼」という燃焼方式があるのですが、この方式を採用した燃焼器では、燃焼振動と呼ばれる不安定現象の発生が問題となります。燃焼振動は、燃焼室の中で圧力と炎とがお互いに変動を強めあうように働くことで発生する一種の共鳴現象です。ある特定の周波数(系の固有周波数)で非常に大きな振幅の圧力振動を引き起こします。強い振動の影響でエンジン部品に亀裂・破損が生じると、エンジンの故障につながります。したがって、燃焼振動の問題は、安全面の課題という側面もありますし、メンテナンスに関係したコスト面の課題でもあるわけです。
燃焼振動問題の根本的な解決に必要なことは何か? それは“なぜ、どのようにして燃焼振動が発生するのか”を明らかにすることです。原因となるものが何と何で、それらにどのようなメカニズムが働くと問題が現れるのか?これらを明らかにすることで、対策が見えてきます。病気の治療と考え方が似ていますね。骨折の疑いがあればX線撮影装置、脳に異常の疑いがあればCTスキャン装置などを利用し、体内の状況を可視化して問題の所在を明らかにします。その情報を参考に治療を行います。燃焼器の内部が見えるようにガラス窓を取り付け、高感度カメラや高出力レーザーを駆使した画像計測を行い、燃焼振動で“暴れる火炎”の様子を撮影します。流れのパターンや熱発生の強度、燃焼反応で生成する物質の濃度などを解析して、燃焼振動問題の診断を行い、燃焼器デザインのここを修正すると振動がおさまるのではないか、そういう方針を練るわけです。
実際の燃焼器内部では、渦と火炎との干渉、液体燃料の微粒化や混合度合い、燃料濃度の時間的な変動、これらに関わる遅れ時間の影響等々、様々な要因が絡み合った非常に複雑なプロセスが進行しています。メカニズムの詳細を完全に理解するというのはとても難しいことなのです。だから研究をしています!

燃焼振動とはいかなるものか?そのイメージをつかんでもらえるよう、JAXAデジタルアーカイブスにモデル燃焼器実験の様子を載せました(下記リンク参照)。この実験は、JAXA技術研修生の福本敦さん、金井洸太さん(いずれも早稲田大学大学院生(2013年3月時点))と一緒に行ったものです。
燃焼振動の話、今回はここまでにします。