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宇宙航空研究開発機構

再突入機のエネルギーはどこに行った?~熱の捨て方~

JAXAメールマガジン第223号(2014年6月20日発行)
白水正男

はじめまして、白水(しろうず)正男です。旧航空宇宙技術研究所に入ってから、最初の頃は衝撃波など高速空気力学の基礎的な研究、そのうちスペースプレーンの概念研究などを始め、さらにはHYFLEX(極超音速飛行実験)やHOPE-X(宇宙往還技術試験機)などのプロジェクトもやっていました。このように、航空本部では宇宙に関係する研究開発も行っています。HOPE-Xが目指した航空と宇宙をつなぐ再使用型の宇宙機を実現するための技術課題のひとつは、宇宙から地上に戻ってくるときの熱の問題です。

動いている物体を止めるためのブレーキは、摩擦を利用して運動エネルギーを熱エネルギーに換えているということはご存知だと思います。自動車はブレーキを使って運動エネルギーを熱に換えます(ハイブリッド車ではちょっと事情が違いますが)。宇宙機も同じように大気との摩擦で熱に換え、それが機内に入ってくるのを断熱材で防いでいるんだ、とお考えかもしれません。それが間違っているわけではありませんが、自動車と宇宙機ではかなり状況が異なります。今回はそのお話です。
時速100kmで走っている乗用車を静止させる際に、その運動エネルギーの全てが熱としてブレーキディスクに吸収されたとすると、ブレーキディスクの温度は60℃くらい上昇する計算になります。運動エネルギーは速度の二乗に比例するので、高速のレーシングカーのブレーキディスクが高温になって真っ赤に光っている写真を見たことがある方もいるかもしれません。いずれにせよ、ある部品に熱を吸収させるという意味では共通です。では、それよりもずっと速い宇宙機が地球に戻ってくる場合を考えてみましょう。

まず、宇宙機が地球を周回しているときの運動エネルギーを計算してみます。計算は省略しますが、1kg当たり約3300万ジュール(3.3×107J/kg)になります。これが非常に大きなものであることを実感してもらうために、周回しているものがアルミニウムの塊だとして、持っている運動エネルギーが全部熱に換わった場合を考えると、その温度は3万6000℃くらい上昇する計算になります。そのような温度になる前にアルミニウムは660℃で融けてしまいますから、自動車のブレーキのように熱エネルギーを吸収するという考え方では、宇宙機は再突入を始めたとたんに機体全体が摩擦熱で融けてしまうことになります。このエネルギーがどこに行くのかをみるために、このエネルギー全体の大きさを“100”として行き先を調べてみます。
宇宙機が大気圏内で減速するときの摩擦の大部分は、空気が圧縮されて高温になる現象です。空気の温度は1万℃を超えることもあります。“100”のうち“99”くらいが、飛行経路に沿った空気を高温にすることに使われます。正確には、減速によるエネルギーは空気を圧縮して高温にすることに使われ、そのうち1%程度だけが空力加熱という形で高温空気から機体に流れ込み、残りはそのまま空気に残されます。自動車に例えていえば、摩擦熱の大部分をブレーキディスクではなく道路に残しているようなものです。流れ星の軌跡が光って見えるのは、こうして高温になった空気が光っているからです。
機体に入ってきたエネルギーは全体の1/100であっても、機体表面は1000℃を超える高温になります。熱くなった物体は赤外線ヒーターのように赤外線を放射します。赤外線の強さは絶対温度の4乗に比例しますから、高温になれば赤外線は非常に強くなります。空力加熱が続いても、そのうちの6~7割はこうやって赤外線として機外に捨てることができます。スペースシャトルオービタの下面が黒いのは、赤外線の形で排出するエネルギーを多くするためです。こうして残った“0.3”程度が機体の内部に向かって入っていきます。全体のわずか0.3%でも元のエネルギーが大きいので、全体がアルミニウムだとしてその温度を3万6000×0.3/100=110℃くらい上昇させることができるだけのエネルギーです。これでも、中に乗っている人や機器などは耐えることができません。
機体表面に貼ってある断熱材は、熱を遮断するものではなく、機体内部に向かって熱が伝わるのを遅らせるものと考えることができます。空力加熱が激しい時間帯を通り抜けた宇宙機の表面は非常に熱くなっていますが、断熱材のおかげで、熱の大部分はまだ断熱材の中間の深さまでしか侵入していません。このとき、宇宙機の速度は低下しているので機体周りの空気の温度はもう高くなく、熱くなった断熱材を空冷してくれます。赤外線という形で熱を捨てる効果もまだ続いています。 こうやってだんだん地上に近づき、滑走路に着陸したときに機体に残っている熱エネルギーは“0.1~0.2”程度です(それもほとんどが機体表面の断熱材の中にあります)。この熱は、滑走路上に静止したあとも、断熱材からじわじわと機体の内側に入り続けます(外側にも逃げますが)。このため、放っておけば、機内の温度は飛行中より着陸したあとの方が高くなって、構造や搭載機器にダメージを与えてしまう恐れがあります。それを防ぐために、着陸した宇宙機に空気を送り込んで冷やすようなことも必要になってきます。

再突入飛行の熱から機体を護るということは、単に断定材で覆って熱を防げばいいという単純なものではありません。再突入飛行中に入ってくる熱を少なくし、それをうまく機外に排出し、着陸したあともダメージを受けないような工夫がされてはじめて宇宙機や乗っている乗員は護られます。熱がどのくらい入ってきて、どう排出され、機体内部にどう伝わっていくかを予測することを熱解析といいます。熱解析を使って、どのような断熱材をどこにどれくらい使えばいいかを考えていくことが熱設計です。熱解析と熱設計は、宇宙から帰ってくる輸送機にとって重要な技術のひとつです。

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