飛行中の全エンジン停止 信じられないまさかの出来事 何故起こったか

JAXAメールマガジン第226号(2014年8月5日発行)
薄一平

こんにちは。JAXA航空本部の薄(すすき)一平です。前回の私のコラムで、まさかの「飛行中全エンジン停止」事件に触れました。例えばボーイングB747ジャンボ機には4つのエンジンが備わっています。エンジン1基ごとの信頼性は極めて高いので、続けざまに4基のエンジンが停止してしまうことは確率的に「あり得ない出来事」と云えるでしょう。でもその信じられない出来事が現実に起こったのです。

1982年6月英国航空B747型機009便がジャワ島上空で遭遇しました。穏やかな夜空の中を高度11kmで巡航中に突然操縦室の窓が強烈な「セントエルモの火」状の稲妻に襲われ、ほどなくエンジンが次から次へと全部停止したのです。「セントエルモの火」は熱帯地方で雷雲の中などを飛行しているときに起きる飛行機への放電現象として知られていますが、その夜は気象レーダーにも雲は映っていなかったそうです。急降下の中でエンジン再始動に成功し、乗客・乗員全員無事に着陸しました。「謎のエンジン停止」はジャワ島ガルングン火山の噴火が原因との報告がなされましたが、「謎」の原因究明には至りませんでした

2回目は1989年12月KLMオランダ航空B747-867便が米国アラスカ州上空で遭遇しました。
この時もコックピットに「セントエルモの火」が走り、瞬く間に全エンジンが停止したのです。冷静なパイロットの操縦で再始動に成功し、無事着陸しました。しかし就航したばかりの新品ジャンボ機は至る所にヤスリをかけたような傷が付き、コックピットの窓ガラスはまるでスリガラスのように白く濁って外が見えなくなっていました。この時も航空路から南西300km離れたところにあるリダウト火山が飛行機が近づく1時間半前に大噴火を起こしていました。火山灰の関与が着目され、専門家集団による徹底的な調査が始まりました。
やがて、米国地質調査所の火山学者がこのメカニズムを解き明かしました。やはり火山の噴煙がエンジンを止めたのでした。目に見ない、レーダーにも映らないほどの小さな、しかし大量の火山灰は飛行高度の10km上空までも吹き上げられ、航行する飛行機のエンジンが大量に吸い込んだためでした。「煙」を顕微鏡で観察すると硬い砂粒ととがったガラス片(シリカの粉)だらけ。この煙に飛び込んだジャンボ機のガラス窓はあっという間にすりガラスになり、エンジンに吸い込まれた紛体は、エンジン燃焼室で高温に晒され、タービンの中でガラス成分は溶けてべとべとの飴状になってへばりつき、エンジンの回転を止めてしまったのです。以来、噴煙のシミュレーション技術やエンジンの対策も進んでいますが、今も火山噴火は飛行機にとって細心の注意を要する、手ごわい敵です。

2010年4月にアイスランドで大規模な火山噴火があったことをご記憶の方もおられましょう。イギリスをはじめヨーロッパ北部を発着する飛行機の欠航が相次ぎました。大混乱になりました。飛行制限は2週間近くに及び、6万便を超える影響があったそうです。