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宇宙航空研究開発機構

実験と数値シミュレーション、どちらがお好き?

JAXAメールマガジン第238号(2015年2月20日発行)
上野真

風洞技術開発センターの上野 真です。先日アキレス腱を断裂しまして、先週ようやく装具が外れました。文献(北海道大學教育學部紀要, 35: 115-128)によるとアキレス腱断裂の好発年齢は30代~40代で平均値は41歳らしいんですが、きれいに40歳の10月に断裂いたしました。久々に世の中の平均に一致して嬉しく……はないです。皆様もお気をつけ下さい。さて、まったく関係ない前振りの後ですが、今日は空気力学について、実験と数値シミュレーションのお話をしましょう。(前回228号で、そんな感じの予告をしましたので)

皆さん、実験と数値シミュレーション、どっちが信頼できると思いますか? 私はいわゆる「中の人」なので、ちょっと一般的な感覚から離れてしまっているのではないかと思い、適当に周りの工学系じゃない人に聞いてみました。すると、6人中5人が「実験」とのお答えでした! うーん、実験強いですねえ。私は実験系なので喜ぶべきでしょうか? どうでしょう?

実際のところ、私たち空気力学屋さんは普段どういう考え方をしているのでしょうか。飛行機の巡航状態での空気力学的現象に限った考え方ではありますが、大体以下のような考え方で代表されます。「絶対値は実験の方が信用できるが、実験だからといってまるごと信用することは無い。」「同じ飛行機の形で少し気流の条件が違うなど、似たようなケース同士の差を評価したいのであれば数値シミュレーションは信頼出来る。」特に最近の若手研究者は実験系と数値解析系の研究者が密接に情報共有しながら作業をしますので、この傾向が強いように思います。意外と数値シミュレーションは信用されていますね。

少し背景を説明しましょう。まず、実験は確かに物理現象であるため、起きていることは事実です。数値シミュレーションは「ここまでは模擬しよう」ということがはっきりしているので、模擬していない現象は模擬できません。これだけ聞くと「実験完璧!」と、なりそうですね。しかし、そうとも限りません。

まず、飛行機の実験だからといって空気力学の研究目的で実際の飛行機を使うことはまずありません。飛んでいる状態って、周りの空気の状態や、空気の力の影響で飛行機が変形する量を計測するのがとても難しいのです。代わりに、ミニチュアの模型を風洞という設備に入れて実験をします。なので、実際の飛行とは異なる条件が色々と入ってきてしまいます。模型の大きさは実際の飛行機よりも小さいし、気流も飛んでいる時とは若干違います。この「違う部分」を補正するために色々と努力はしているのですが、地上でする実験と実際の飛行との差が完全に埋まっているとは考えていません。これが「実験だからといってまるごと信用することは無い。」という部分をもたらします。

また、近年の色々な比較作業を通して、数値シミュレーション結果は、特にある条件とある条件の差を評価する場合には"巡航状態"ではかなりよく実験と一致することが分かってきています。よって、「似たようなケース同士の差であれば数値シミュレーションでほぼ十分。」という考え方に至ります。例えば、形状の最適化(ある条件の下で、一番性能の良い形状を決めること)を行うときには実験は行わず、大量の数値シミュレーションを行います。実験はあくまで最適化結果の検証のためにしか行いません。

とはいえ、今でも実験は無くなりません。最大の理由は生産性でしょう。飛行機の周りの空気の流れをシミュレーションしようとすると、1ケースの計算に短くても数時間はかかります。ところが、実験の場合は産業用の風洞を使うと同じ時間で何百ケースもデータが取れます。また、流れの剥離と言われる現象や時間的に激しく変化する現象を捉えようとすると、現代の最新の技術を用いても数値シミュレーションは風洞実験に劣ります。

よって、現代の空気力学屋さんが行うことは、実験とシミュレーション結果(と過去の実績データ)の一番良い組み合わせを用いて、最も信頼できるデータを出すことになるのではないかと思います。私がぜひお伝えしたいことは、どんなツールにも限界があるということです。そして、ツールは常に進歩し続けています。なので、何でも鵜呑みにせず、他のツールを使う人たちと話し合って、常に自分の価値観をチェックしていけるようにしたいものです。

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