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宇宙航空研究開発機構

人の夢見た移動速度

JAXAメールマガジン第272号(2016年8月5日発行)
柳 良二

今から40年も昔の1976年に、コンコルドと呼ばれる音速の2倍で飛行する超音速旅客機が大西洋を挟んだアメリカとヨーロッパを結ぶ航路に就航した。しかし、コンコルドは空港騒音が大きく、燃費が悪く、さらにはソニックブームのために陸上での超音速飛行が禁止されたため、路線の拡張ができず、採算が悪化し、2003年を最後として運航が取り止められた。なお、コンコルドが飛行する高度での音速は概ね1000km/hであるから、コンコルドの飛行速度は2000km/hと計算される。

2015年7月24日に、スウェーデン・エスレンジ実験場において、JAXAの低ソニックブーム設計概念実証プロジェクトの飛行実験が行われた。この飛行実験は、ソニックブームの低減を実現する機体形状をCFD(数値流体力学)により設計し、その効果を実証する飛行試験であった。試験の結果は、ソニックブームの低減効果を示しており、ICAO(国際民間航空機関)でのソニックブームの規制に関する部門にも成果を報告している。

また、米国ではエアリオン社が、新しい超音速旅客機としてマッハ1.2から1.5の飛行をめざすビジネスジェット機の開発を進めている。高速旅客機の時代が再開されようとしている。

人は、なぜ高速で移動したがるのであろうか。古代人が空を飛ぶ鳥をみて、自由に空を飛びたいと思ったことは確かであろう。ギリシャ神話には鳥の羽毛を蝋で貼り合わせた翼を背負って空を飛んだイカロスの話が出てくる。彼の場合は高速移動手段としての飛行よりも高空に行くことを主眼としていたらしく、あまりに空高く上昇したために太陽の熱で蝋が溶けて翼が壊れ地上に落下してしまう。人ではないが乗り物で空を飛ぶという意味では翼を持った馬ペガサスがいる。こちらは、高く飛ぶというよりその機動性と高速性が重んじられたらしく、怪獣キマエラを退治している。また、人が空を飛ぶ話としては魔女が箒に乗って飛ぶのは、アニメ作品などでご存じの方も多いであろう。

ところで、このような昔の人の考えた移動速度はどのくらいであったのであろうか。鳥の翼を模して飛行していることから考えてその速度はせいぜいが鳥と同じ程度と考えて良いであろう。早速インターネット検索で調べると(昔なら全34巻の世界大百科事典を読まねばならなかった。便利に成ったものである)伝書鳩で157km/hの記録があるらしい。ハヤブサなどが獲物を捕るときの急降下速度は400km/hに近いと書いてあるが、これは飛ぶというより落ちるというべきなので、鳥の飛行速度は160km/hくらいと考えて良いであろう。あまり速くない。魔女の飛行速度は、とあるアニメ作品での描写(魔女が列車から飛び立つ場面)から考えて100km/h以下であろうか。

東洋では、朝鮮の伝説に千里馬と呼ばれる一日に千里を行く天馬が出てくる。千里を日本式に4000kmとすれば、167km/hである。中国では漢の武帝が良馬を得るために西域から馬を獲た、とある。この馬は汗血馬と呼ばれ1日に千里を走ると言われた。ただし当時の中国の1里は500mであるから、汗血馬の速度は21km/hとなり現在のマラソンと変わらない。ただし、これは空想ではなく史実らしく、4150kmを84日で走った記録が残っているという。

さて、日本では烏天狗が翼を持っている。しかし、小さくてあまり速くは飛べそうにない。最も高速での移動の話は、上田秋成の雨月物語の菊花の契に出てくる、「魂魄は1日千里を行く」であろうか。魂になってもせいぜいが200km/h未満である。命を賭しても1日千里では、太平洋を越えるのも1日がかりである。今のジェット機の方がよほど速い。しかも死なずに済む。

しかし、このように考えてくると、現代の乗り物は、古代の人間が夢見た移動速度を遙かに超える速度で移動できる様になっていることが判る。これは、現代の人類の活動範囲が古代より大きく広がっているからに他ならない。

近年の情報化社会は、古代の狼煙と比べて格段に速く広く情報を伝達する事ができる。それに合わせて、人の移動手段の高速化の需要も、40年前と比してより大きくなっていると考えざるを得ない。環境に優しい新たな超音速旅客機の出現が待たれる所以であろう。

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