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宇宙航空研究開発機構

複合材料を日本の武器に

材料グループ
平野 義鎭(ひらの よしやす)

大学生時代、「鳥人間コンテスト選手権大会」への挑戦を通して複合材料に興味を持った平野さん。JAXAへの入社を希望したのは、日本で最先端の複合材料の研究を行えると考えたからでした。

JAXA 4年目

* サイエンスキャンプ

最先端の研究施設や実験装置などを有する大学、公的研究機関、民間企業の研究所が高校生を受け入れ、研究開発の第一線で活躍する研究者や技術者による直接指導を行う、科学技術体験合宿プログラム。(独)科学技術振興機構主催。

日本で複合材料の研究を行っている機関として、JAXAは間違いなくトップクラスです。世界規模で見ても、トップレベルの研究を行っている。そういうところで研究をしたいと考え、JAXAに来ました。JAXAで働きはじめて今年で4年目です。始めの3年間は、任期付き研究員として働いていました。
実は、高校生の時に一度、サイエンスキャンプ*でここに来ているんです。その時は、まだNAL(JAXAの前身機関の一つ)でしたけれど。なぜ、NALのサイエンス・キャンプに参加したのかですか? もともと飛行機やロケットが好きで、事前に内容を確認し、NALのプログラムが一番面白そうだと思って選びました。「数値流体力学(CFD)」に関する講義に特に惹かれましたね。私が通っていた高校には普通科に対して理数科というクラスがあり、私は理数科に通っていたのですが、毎日、数学と物理の授業を行うようカリキュラムが組まれたクラスで、自分でテーマを考えて研究を行う授業などもありました。その当時行っていた研究のテーマとして、翼の流れに関するものを選んで調べていたので、そういうこともあって非常に興味を持ったんです。当時はまだ高校生だったので、残念ながら講師の方々の顔や名前をはっきりとは覚えていないんです。多分、一緒に仕事をしていたりすると思うんですよね(笑)。

人力飛行機づくりがきっかけ

* 鳥人間コンテスト選手権大会

1977年の第1回開催依頼、毎年7月に琵琶湖(滋賀県)を舞台に開催されている、人力飛行機による飛行距離および飛行時間を競う大会。

材料に興味を持つようになったのは、大学に入ってからです。大学では、“ものづくり”がしたくて「鳥人間コンテスト選手権大会*」で飛ばすための人力飛行機やソーラーカーなどをつくるサークルに入っていました。どちらも軽いことが一番重要なので、主要な構造には複合材料を使っているんです。自分は人力飛行機の設計を担当していたんですが、入った当初は滑空機からプロペラ機に移行したばかりで、全然飛べないチームだったんです。そこで、どうしたら飛ぶ機体がつくれるのかと考え、いろいろと新しいことに取り組みました。新しい材料や成型方法を調べ、分からないことは複合材成形をやっている企業や業者に押し掛けて教えてもらいました。飛行機の設計に関しては独学でしたが、なにせ学部1、2年の頃なので分からないことも出てくる。そんな時は大学で複合材料の研究をしている先生のところに押しかけて色々と教えてもらい、一から勉強しました。そうやって新たな機体をつくり上げ、大学を卒業する年に初優勝することができました。今では、優勝や上位入賞できるチームに育っています。
大学院では、その時通い詰めた先生の研究室に入り、結局博士課程を終えるまでお世話になりました。複合材料の研究を選んだ理由のひとつは“面白い”から。もうひとつは“日本の武器になる”と思ったからです。航空産業界での、という意味でですけれど。日本では、ボーイング(アメリカ)やエアバス(欧州)の機体製造の主要部分に大手重工が昔から携わっているという地盤はあるものの、日本独自の民間航空機製造に関しては40年近い空白の期間があります。その空白期間を埋めるための日本の武器は、世界でも有数の技術を持つ複合材だと考えたんです。
近年では、大型旅客機の複合材で作られる主要構造の大部分を日本の企業が製造するようになり、ようやく三菱航空株式会社が主体となって三菱リージョナルジェット(MRJ)という複合材技術を駆使した機体を日本が設計し、製造するという段階まできています。

研究者として

研究者として、“世の中の役に立つ研究をしたい”という思いがまず初めにあります。なおかつ、それが“世界ではじめて”だと嬉しいですね。“世界ではじめて”とか“誰もやっていないこと”にこだわるのは、研究者気質の様なものかもしれません。それから、はじめは何でも自分の手を動かして見ること。学生時代に自分の足で調べたことや、ものづくりで得た経験、現場の職人さんと一緒に汗を流しながら教えてもらった知識は、いまでも研究を行う上での大切な下地になっていると思います。

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