航空機を始めとする私たちが利用する輸送機械は、空気中を移動する際に空気の流れ(気流)の影響を受けます。

同じように空気の流れの影響を受けるものには、地上を走る自動車の例があります。F1のレーシングカーは前方から流れてくる空気を制御して、走行するマシンを地面に押し付けるダウンフォースと呼ばれる力を発生させています。高速で走るマシンの下に空気が吹き込むと車体が浮いてしまい、コーナーを高速で旋回することができなくなってしまいます。また高速走行時の安定性を上げるため、後部に尾翼のような翼を付けて空気の流れを制御しています。最近、イギリスの名門レーシングチームが、復活を賭けて風洞設備を新設するというニュースが話題になりましたが、トップマシンとの"1.5秒"差を縮めるには、空力を制する必要があるというわけです。

 

飛行機も空気の力を利用することで飛んでいます。エンジンの力で前に進み、翼が風を受けて揚力(翼の周りに空気が流れると機体を引っ張り上げようとする力)を生み出すことで飛び立つことができます。翼は、うまく風を受けられる形に設計しなくてはなりません。そこで、実際に機体を飛ばして飛行試験を行う前に、地上に作った風洞に風を流し、模型を使って飛行中の機体の状態を調べる性能試験を行います。

6.5m×5.5m低速風洞

風洞とは、固定した模型の周りに空気を流し、大気中を飛んでいる状態を模擬し、その模型に働く力やその周りの風の流れを計測する試験設備です。風洞には100年以上の歴史があります。風洞試験をして、機体の形を決める。これは、人類初の有人動力飛行に成功したライト兄弟の時代から、繰り返し行われてきた方法です。そして現在では、航空機や宇宙機、ロケットなどの機体設計に限らず、自動車や鉄道、高層ビルや橋梁設計などの分野でも、風洞は幅広く使われています。

 

風が吹き抜ける巨大なトンネル

6.5m×5.5m低速風洞の巨大な扇風機

航空機の縮小模型を下から天秤が保持する

風洞では風の流れを精密に再現します。巨大な扇風機(送風機)や圧縮した空気によって作りだした人工的な風を精密に作られた縮小模型に吹きつけ、風の速さや模型の姿勢を変化させながら、模型に働く力や圧力などを測定します。

 

航空機の機体そのものは大きすぎて風洞設備に入らないため、風洞試験では縮小した模型を使用します。縮小模型はわずかな形状の違いも大きな誤差として試験結果に影響します。そのため、模型は精密に作られなければなりません。そして、風洞に流す風も、渦やうねりのない真っすぐ整った流れを作りだす必要があります。つまり風洞設備自体を正確に制御するには、高い技術の水準と長年のノウハウの蓄積が必要となるのです。

 

風洞に流す風の制御と同じく重要なのが、計測技術です。測定部に置く縮小模型は、“天秤”と呼ばれる支持装置で保持します。天秤は六分力と総称され、風洞を流れる風の中で模型が受ける空気力を測定するための装置で、あらゆる方向への力や回転モーメントの変化を電気信号に変換して、模型の姿勢を寸分の違いもなく制御する超精密機器です。模型の各部にも圧力や温度を測るセンサーを埋め込み、表面に働く力や空気の流れを正確に把握します。

 

 

JAXAの風洞群

風洞試験は、航空機やロケットなどの開発に必要不可欠な基礎技術です。現在、JAXAでは国内最大規模のさまざまな速度域、大きさの風洞14基があります。これらの風洞群は、これまで日本で開発されたほぼ全ての航空機やロケットの開発試験に使われ、日本の航空宇宙技術の発展に貢献しています。

 

JAXA風洞群の特長として、(1)低速から音速(マッハ数1)を超える極超音速までさまざまな速度の風洞が揃っていること、(2)風洞試験の高度なノウハウがあること、(3)さまざまな試験に対応できる経験豊かなスタッフがいること、(4)データ評価技術についてノウハウがあること、が挙げられます。国内でこれらの強みを持つ風洞設備が揃っているのは、JAXAだけなのです。航空宇宙分野を中心に幅広い産業で、JAXA風洞群は利用されています。

 

JAXAの風洞紹介

ヘリコプターの飛行や航空機の離着陸時のデータ取得に活躍6.5m×5.5m低速風洞

 

名前に付けられた「6.5m×5.5m」の数字は、「カート」と呼ばれる計測部分の大きさを表します。航空宇宙分野では日本最大の風洞です。計測部分が広いので、大きな模型を設置できます。模型が大きいと取り付けるセンサーの数を増やし、精密な計測ができます。さらに空気の流れも実機の状態に近くなり、計測の精度が高まります。

ジェット旅客機の飛行試験データの取得に活躍

2m×2m遷音速風洞

 

遷音速とは音速前後のことで、マッハ0.1~1.4(時速約100~1,500km)の風を長時間連続して作りだすことができます。初の国産ジェット旅客機である三菱スペースジェット開発のほか、この速度域を通過するロケットや宇宙往還機等の試験にも使用されています。風洞群の中でもっともニーズの高い風洞です。

 

超音速航空機やロケットの飛行の研究に活躍

1m×1m超音速風洞

 

超音速航空機の研究開発や超音速域を通過するロケットや宇宙往還機等の開発に活躍する風洞です。圧縮空気を使った吹き出し式で、マッハ1.4~4.0の風速を作りだします。防衛装備庁の千歳試験場(北海道千歳市)にある三音速風洞とともに日本の中心的な超音速風洞として活躍中です。

極超音速航空機・宇宙往還機の研究に活躍

0.5m/1.27m極超音速風洞

 

極超音速機、宇宙往還機や回収カプセルの研究に、マッハ5を超える風速試験が必要です。この風洞は測定部が2つあります。それぞれの風速は、直径0.5mの吹き出し口がマッハ5、7、9、直径1.27mの吹き出し口がマッハ10。時速約5,000~10,000kmという高速です

■関連リンク

 JAXAの風洞設備

JAXAの風洞設備を広く機構外の方にも有償でご利用いただいております。JAXAは、民間企業では整備しにくい大型の試験設備等をご利用いただくことにより、わが国の産業の競争力強化に貢献します。

 

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[ 2019年10月10日更新 ]

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