コンピュータ上のシミュレーションで航空機の性能を予測できるCFD(Computational Fluid Dynamics、数値流体力学)の技術が近年、急速に発展し、今後の機体設計で中心的な役割を担うと期待されています。この技術を支えているのが、実は航空技術の黎明期から活躍してきた風洞試験です。CFD技術がさらに発達したとしても、風洞はなくならないと考えられています。今回は、風洞がどのような価値を持ち、これからどうなっていくのかについて空力技術研究ユニットの浜本滋ユニット長に聞きました。

*風洞設備で学んだインターン実習生の
 生の声も紹介しています。

 

浜本 滋ユニット長

CFDと風洞は相互補完の関係

── 古くからある風洞技術と最新のCFD技術はどんな関係にあるのでしょう。

おそらく航空機の設計という観点では、風洞試験はもはや主流ではなくCFDの時代になっていると思います。ただ、現実的には両者は互いに補い支え合う関係にあると言えます。風洞試験は、大規模な施設と手間や時間が必要ですが、実際の現象を計測するので得られるデータに確信性があります。これに対して計算で現象を推測するCFDは、手間やコスト、スピード面で優れますが、“確かさ”については風洞に及びません。特に離着陸時や予測しにくい気象状況などの特殊な状態では、CFD技術だけでは解析値の決定が難しくなる場合があります。

 

実際、数値解析の担当者に「風洞がなくても航空機の設計ができるように」とお願いしても、「なかなかそうはいかない。やはり風洞試験は必要です」と言われてしまいます。50年後の未来はどうなっているかわかりませんが、今はまだ、巡航ならまだしも、離着陸時や特殊な飛び方をするような領域では、CFDだけでは十分な信頼性を確保できない状態です。そういう部分はやはり風洞試験をきちんと行って、設計に必要なデータを補う必要があります。

 

── 風洞試験が欠かせない場面を、もう少し具体的に教えてください。

例えば離着陸の際は、航空機が機首を上げて飛行するため、巡航時とは大きく異なる空気の流れが生まれます。一定の条件を超えると翼の上面で「剥離」という現象が起き、揚力が失われて失速しますが、その発生を予測することは大変難しい。この剥離もそうですが、空気流の小さな領域で起きる細かい現象は定常的でなくランダムに発生するので、数値モデルにしづらいのです。数値でモデル化するというのは、極端に言うと平均化している部分もあって、そのパラメーター(媒介変数)を変えると答えの数値も変わります。モデル化を行わずに基礎方程式を精緻に解く手法も開発されていますが、世界最高のスーパーコンピュータを使用しても計算に膨大な時間がかかるため、航空機設計の場面では手間やコスト、スピードといったCFDの優位性を示すことは出来ません。数値モデルを用いたCFDでは、同じ条件を風洞で試して現実の状態を確かめ、そのデータを数値解析にフィードバックして、パラメーター設定をチューニングします。つまり、風洞試験のデータがないとパラメーターを決められないということになります。

 

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 数値解析技術

── 風洞試験がキャリブレーション(較正)になるわけですね。

逆に、風洞試験をCFD技術で補う場合もあります。風洞は縮小モデルなので、飛行試験と違って差異があり、周囲の壁の影響も受けます。それらが計測値にどれほどの影響をもたらすかをCFDで補正して、風洞試験の結果を有効なデータにするのです。風洞試験のデータをCFD技術で整え、CFDのデータは風洞試験で補うという相互補完の関係です。

 

 

 

CFDで見るのが難しい領域を、風洞が捉える

── より高度なCFD技術のためには風洞試験も必要というわけですね。

ランダムな現象をモデル化してパラメーターを作り、そこから正しい答えを導こうとすると、風洞側ではそのランダムな現象をそのままデータとして提出する必要が出てきます。CFDで見るのが難しい領域を、風洞が捉えるわけです。それには力とか圧力のシンプルな情報だけでは不十分で、より複雑な計測が要求されるようになります。風洞ではPSP(感圧塗料)やPIV(粒子画像流速測定法)といった画像計測の技術を取り込んで、機体表面をフィールドとして計測した2次元情報を提供しています。CFDとの補完共存というのは、CFD技術が伸びることによって風洞の価値が相対的に下がるのではなく、CFDと一緒に風洞の技術も上げて行くことで、双方の技術レベルが向上するということなのです。

 

── CFDと風洞が融合したのが、2013年から稼働しているデジタル/アナログ・ハイブリッド風洞DAHWIN(Digital/Analog-Hybrid Wind Tunnel)だと思いますが。

DAHWINは、CFDと風洞が互いに高度化し合える環境をプラットフォームとして提供する形で、現在は遷音速風洞とJAXAスーパーコンピュータシステムを組み合わせて使用しています。今後は枠を広げ、他の風洞、そして飛行試験のデータも組み入れた「統合シミュレーション」という方向性を目指しています。数値シミュレーションで正確に予測できる領域を、現在の巡航状態だけでなく特殊な状態を含めたあらゆるケースにまで広げる取り組みです。

 

DAHWINの使用例

科学のセンスを磨くのに、風洞は絶対必要

── サイエンス全般として見た時に、風洞や飛行試験で実物の空気流を扱うということは、今後の新しい研究や、設計の分野でも大切なのではないでしょうか。

風洞の決定的な利点は、現象を実際に体感できることです。研究とは、知見が固まったものから新しいものを作り出す行為ではなく、まず何が起こっているかを見て、その現象を解明したいと思うところから始まります。風洞はその現象を作り出すことができます。

風洞の中に翼を置いて風を流すとピーッという音がします。それを実際に耳で聞くか、グラフになったものを目で見るかという違いがあって、例えば風洞試験では、そこで翼の角度を変えると音が変わります。フラップを少し下げるとまた音が変わります。見て体感できるのです。そういう意味で、未知の流体現象を解明する時には、風洞試験は絶対に必要で、解析はその後から付いてくるものだと思います。何が起こっているかを細かく分析しようと思った時に、CFD技術を使えば実験では測れなかった流れを見ることができるけれど、そこからは解析だけで、基本的に新しいアイディアは出てきません。実験はやはりモノを扱うので人間の直感とセンスというところで、そこから新しいアイディアが出てくる可能性があります。

 

── 風洞試験は将来の科学者や技術者を育てる実験の場になると。

私は、若い研究者に一番必要なのは実験をやることだと思いますが、残念ながら大学などで実験をやる研究室がどんどん少なくなっています。例えばどこかの学生が研究の課題でCFDを使って何か計算したとして、その答えがどう見てもおかしくても、実感がないからその学生には分からない。ふだん実験をやっていれば明らかにこんな現象起こり得ないというデータが出てきたりします。その勘どころを支えているのが実験の経験です。そういう学術的な基礎を固めて科学者としてのセンスを磨くには、絶対に風洞が必要だと私は言い切りたいですね(笑)

 

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 JAXAの風洞設備

浜本ユニット長がインタビューの最後に、風洞の意義を「将来の科学者や技術者を育てる実験の場になる」としている点について、実際に教育現場で風洞を活用している東北大学大学院工学研究科の浅井圭介教授にコラムを寄稿していただきました。

空力設計に求められるのは、流れ場を理解する力 ……………… 浅井 圭介

振り子の等時性を調べるアプリがあります。スマホの画面上で糸の長さやおもりの重さを変えて振り子の周期がどう変化するか「体験」できるアプリです。このようなアプリは現象を視覚化する有用なソフトだと思いますが、それが現象の本質の理解につながるでしょうか。現実の振り子の運動には、おもりに働く空気抵抗、支点に働く摩擦力などが関係し、その観測には天秤や時計の正確さが影響します。

 

私は今から16年前に「実験空気力学研究室」という、流体実験に特化した研究室を立ち上げました。当時は大学の研究がシミュレーションに傾いている時代で、メーカーにさえ、これからはシミュレーションですべて理解できると考えておられた方がいたように思います。空力設計に求められるのは、流れ場を理解する力であり、本質となる現象とさまざまなノイズを分離する力です。シミュレーションで十分だという考えには強い危機感がありました。

実験には自然界のあらゆる要素が含まれます。学生たちは実験を行う中で、想像していた現実と想像すらできなかった現実の両方に遭遇し、もみくちゃになりながらも、本質的なものとそうでないものを見分ける感性を身につけていきます。すべての要素を考慮しそれらの相互関係を意識するという意味で、実験は「システム的」なものであり、学生たちは実験を進めるうち知らず知らずにシステム工学やリスクマネージメントの本質を知るようになります。そのような学生たちの頼もしい姿を教育現場で目撃してきました。

 

今はこのような実験の意義が産業界に共有されつつあります。海外でも同じような状況だと聞いています。わが国では、未来の航空機や宇宙機の開発に対する機運が高まっており、これらの機体の性能に対する要求はますます高度なものになってきています。こんな「熱い」状況の中で、未知の問題に切り込み、その解決に粘り強く取り組むことのできるエンジニアの育成が不可欠です。風洞実験はそのような観点でも社会に貢献できる重要な分野だと思います。

 

 

 

 

 

 

浅井圭介氏(東北大学大学院工学研究科・教授、工学博士)

 

 

1956年生まれ。京都大学航空工学科卒業後、航空宇宙技術研究所(現JAXA航空技術部門)に入所し、風洞部門の研究者として23年間勤務。その間、低温風洞や感圧塗料などの風洞試験技術の研究開発に従事。また、長期在外研究員としてNASAラングレー研究センターに1年間滞在。2003年に東北大学大学院に転任。専門は空気力学、航空機設計学。専門分野における教育研究以外に、中高生を対象にした航空宇宙分野の啓発活動にも取り組んでいる。

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 東北大学工学研究科 航空宇宙工学専攻 浅井・齋藤/野々村研究室

インターンシップ実習生に聞きました!

2019年11月18日から22日まで、ちょうど風洞設備とCFDを実習テーマにしたインターシップ実習生9名が風洞設備の現場で学んでいました。実習5日間での体験や、風洞特集を読んで考えたこと、感じたことなどについて語ってもらいましたので、ご紹介します。

 

JAXAインターンシップについて詳しく見る!

T大学 理学部  Oさん

 

風洞実験とCFDはそれぞれ独立の道で確立されてきたので、お互いの短所を補う形で両者を組み合わせて使うのは良いことだと思います。実際に今回のインターンで風洞実験とCFDの結果が異なる場面に遭遇しました。もしこの事実を正確に解釈し、新しい現象と結びつけることができれば、ただ実験をするだけよりも得るものは多いはずです。

CFDに比べて風洞実験は手間がかかるということも感じました。

もちろんCFDも環境構築や設定、可視化など様々なプロセスを踏むため(計算時間もかかるし)時間がかかると思いますが、風洞実験は限りなく現実に即した条件を模擬するために技術的な問題を多々解決する必要があります。この一連のプロセスを経験すれば、他の実験や問題解決に応用できるスキルが身につくのかなと初心者ながらに思いました。

 

T大学大学院 M1 Uさん

 

CFDと風洞の関係については私も学部時代より考えていました。当時私は卒研でCFDを行っていたのですが、実験メインで研究していた先輩とよくこのテーマについて話していました。

現在は、画面の中ではなく実現象に触れたいと思い、風洞を用いる研究室に移籍しました。

風洞特集記事には「学生は実験をやるべき」と書かれていますが、個人的には両方やってる方が一つの現象に対するとらえ方を豊かにできるなぁと感じています。

私の研究の応用先の一つにCFDのバリデーション用のデータがありますが、CFDとの関係のためにというよりは、流体現象の感性を磨くという意味でも風洞試験は重要であると考えます。

そのため、この両方を体験できる今回のインターンシップは、普段どちらか片方でしか研究を行っていない学生にとっては良い刺激となり、今後の研究活動の糧となりうる貴重な経験であると思います。

 

K大学大学院 M1 Sさん

 

風洞特集中でも記されていましたが、まず現象を知るためには風洞試験のような実体験を伴った研究が私は必要不可欠であると考えています。もちろん簡単な現象を知る場合、CFDを使うことによりコスト面で優位な面もありますが、風洞試験をすることでしか得られない情報・知識・間隔というものが多々あると思っています。現在、大学院での私の研究は、風洞試験、飛行試験をメインに行っていますが、学生生活の間は、これらの実体験による知識をもっと磨いて、企業に入ってからはこれらの知識を活かしながら、航空産業に貢献していきたいです。

 

N大学 理工学部 Iさん

 

今回のインターン及び風洞特集を読んで、「CFDとEFD*の相互補完」の重要度に気づくことができた。特に国土の狭い日本ではRe数を実機に合わせられる規模の風洞を整備するのは困難であり、航空機設計を国内で完結できていないのが現状だ。だからこそ、解析コストが小さく、風試よりも回数が重ねられるCFDの長所を生かしていくことの重要度に気づくことができた。来年度より本格的なCFD研究に院生として従事するが、EFDとの相互補完を意識した研究にしていきたい。

 

*EFD:Experimental Fluid Dynamics 実験流体力学

S大学 Kさん

 

普段は研究室で流体シミュレーションのみなので、インターンシップの中で、実験とシミュレーションを両方行うというのは、改めて双方の長所と短所を知る良い機会になりました。現在はシミュレーションを補助する形で実験を行っていこうという変遷の時期にあり、それに関連するPIV(粒子画像流速測定法)やPSP(感圧塗料)のような実験データ取得方法と、シミュレーション結果との相互補完の技術(DAHWIN*)を知り、将来の風洞がどのようになっていくのか、非常に楽しみになりました。

 

* DAHWIN:デジタル/アナログ・ハイブリッド風洞>概要はこちら

 

H大学 理学部 Iさん

 

CFDと風洞試験は、双方にその信頼性を確かめるために必要不可欠なものだと思う。

実際にCFDを行ってみると、風洞試験と異なる結果が出てしまい、CFDの計算を見直すきっかけとなった。風洞試験をする際の条件設定にも、CFDの結果が活かされた。

まさに風洞特集にもあるとおり、「CFDと風洞は相互補完の関係」にあることを実感した。

 

Mさん

 

風洞特集の中の「実験をすることで本質的なものを見抜く感性が養われる」という言葉に私は共感を覚えました。インターンシップで行った風洞試験を通して、実現象を目にすることにより、新たな視点からの考察がうまれ、理解が深まることを実感できました。

 

T大学大学院 Kさん

 

私は航空の学科ではなく、風洞について全然知っていませんでした。

特集は自分のような初心者でも読めて、風洞実験の意義を感じることができました。

またインターンシップでは実際の風洞を使って試験をし、その後コンピュータによって解析する方法についても体験しました。

実際に経験をしながら学ぶということを通じて、普段はできない航空研究について、自分の知見を広めることができました。

 

A大学 工学部 Kさん

 

現在私は研修で主に実験を行っています。研究室によってはCFDしか行っていないことがあります。実験は時間とコストが掛かりますが、CFDでは分からない複雑な現象が起こることがあります。そのためCFDだけでは結果を判断できません。しかし、CFDは低コストで行えるうえ、実験ではできない数多くの地点について結果を出すことができます。なのでEFDとCFDはどちらも必要であると言えます。

 

[ 2019年11月27日更新 ]

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