フラッタ風洞試験

JAXAメールマガジン第242号(2015年4月20日発行)
中道二郎

1997年12月、旧NAL(航空宇宙技術研究所)時代のことである。遷音速風洞を使って、片スパン1m、胴体を含め全長4mの超音速旅客機を模擬した半裁模型(機体左舷半分)のフラッタ試験を実施していた。弾性翼後縁に通風中に操舵可能なエルロンを装備した本格的なものである。

当時、世界的にAAW(Active Aero-elastic Wing:翼の弾性変形を飛行性能上有利になるよう積極的に利用しようという試み)の研究が盛んであり、飛行中の弾性変形を性能向上に利用するほどのやわな翼に関してはフラッタが問題となる。この模型とフラッタ試験計画は世界的に話題になり、Aviation Weekにも写真入りで紹介された。

翼がフラッタを起こすと破壊に至ることがある。この規模の模型が風洞内で破壊すると風洞への相当なダメージが予想された。通常、フラッタ発生の寸前までの試験に留め、フラッタ発生ポイントを推定する。しかし、研究の立場からは実際のフラッタ発生ポイントを確認したくなる。模型破壊を想定し、風洞の緊急停止の手順確認、さらに風路下流にブレードの保護用ネットをはり飛散物は捕獲できるよう備えていた。

フラッタが起こった。想定外の条件での、かつハードなフラッタで、風洞緊急停止も間に合わず模型は破壊し、胴体を残したのみで殆ど原形を留めなかった。保護用のネットの効果があったものの、飛散した模型の小部品が風洞壁と送風機のブレードの隙間に噛み込み、ブレード1枚を傷つけた。その修理費の工面に苦労すると同時に、その後風洞使用予定であったメーカに多大な迷惑をかけた。

さて、NAL内に事故調査・対策委員会が設置され、その原因究明に時間を費やすことになった。遷音速域では当時の理論による推定よりも遥かに低い動圧でフラッタが起こることは知られていたが、その予測値の精度が甘かったことが技術的な原因であった。一方、風洞の運用上の問題として、このようなリスクのある実験を同設備で実施すべきではないという意見、リスクはあるものの挑戦的な研究の動機と熱意を削ぐべきではないという意見が交錯した。試験実施者“被告人”として、しばらくの間、微妙な立場で過ごしたのを記憶している。

最先端の更に先を行く技術開発には必ずリスクはある。月並みになるが、それを恐れていては現状に留まるしかない。その後、事故調査委員会は、事前の厳密な技術審査を必要とすることとして、遷音速風洞でのフラッタ試験を可とした。

あれから、17年以上経った今、フラッタ試験技術とともにフラッタ計算の精度は格段に向上した。コンピュータでフラッタ現象を精度よくリアルにシミュレーションできるようになった。フラッタ解析技術だけでなく、我が国の航空技術のひとつひとつの発展の積み重ねが今日の国産ジェット旅客機の開発に繋がっている。