フラッタの話

薄っぺらいものが風に曝された時の話である。例えば旗がはためく、窓のブラインドが風に吹かれて振動するなど日常生活でもよく見かける。

飛行機が地上でタキシングしている時、機内から翼を見ていると脚から振動が伝わり翼が微妙に揺れているのがわかる。翼の構造は軽量化を追求するためそれほど剛ではなく軟である。滑走が始まり翼に揚力が発生し飛行状態になると意外と翼がピシッと安定する。吹き流しが風に流されている時の方が様になっているのと似ている。さらに上昇して高度が上がり巡航状態に入ると天候さえ良ければ翼は微動だにせず、非常に快適な飛行が楽しめる。これは地上から離れて振動が伝わらないということもあるが、翼の周りの空気の流れが翼の振動を抑える働きをしていることによる。

翼は通常、翼先が上方に変位した場合、翼を下方に戻そうとする力が働き、逆に下方に変位した場合上方に戻そうとする復元力が働くよう設計されている。いわゆる安定なのである。

以下、想定の話になる。さらに速度を上げると何が起きるか? 飛行速度が高くなると話が変わる。翼に何らかの振動のきっかけがあった場合その振動が収まりにくくなってくる。さらに速度を上げると起きた振動は急激に増幅し、ついには破壊に至る。これがフラッタであり飛行機にとっては非常に危険な現象である。我が国の話に限っていえば、第2次世界大戦中の航空機開発で先達がずいぶん苦労したことが多くの書き物に残っている。

一秒間に数Hzないしは十Hz程度の現象であるが、その短い一周期の間に異常な振動を発生させるメカニズムが潜んでいる。翼が振動することで周りの空気の流れを変え、変えられた空気力が翼の振動状態を変えるというループができる。いわゆる自励振動といわれるものである。翼の上下運動とねじり運動の組み合わせが翼に当たる空気の流れの方向を時々刻々変化させ、さらに変えられた空気力が翼の運動を変化させる。この結果、空気の流れが持つ運動エネルギーが翼の運動エネルギーと弾性エネルギーに移動し振動が持続、増幅することになる。

したがって、飛行機の安全設計には、一周期の間の翼の運動と翼に働く揚力の変動を正確に勘定する必要がある。もちろん、飛行機の翼構造の設計はフラッタだけをクリアすればいいわけではない。静的な強度はもちろん、疲労、衝撃すべての基準を満たすよう設計される。この努力の中で、フラッタが設計においてクリティカルになることは少ない(つまり現状の旅客機形態では他の条件を満たせばフラッタは起こらない場合が多い)。しかし、将来、超音速の開発などで空力的な要求から非常に薄い翼(コード長に対し翼の厚さが3%程度になる)の設計となるとこのフラッタ問題は極めて重要な課題になることが予想される。

他の工学分野ではどうか。橋梁(吊橋)、電線、回転翼(風車、タービン)など同様の課題が散在する。これらの分野の情報交換が盛んに行われている。例えば橋梁のフラッタにおける空気力は非常に複雑となり、計算上も実験上も極めて扱いが困難になる。航空の場合は、航空機の基本的性能を維持する上で空気力としては非常にきれいな流れを扱うことになる。他分野を含めたフラッタの研究会に出席するたびに航空で良かったといつも思う。

空気力の絡んだ飛行機の振動問題に、バフェット、エルロンバズ、ワールフラッタ、T尾翼フラッタなどがある。紙面の暇がないのでまたの機会にする。

では、みなさん良いお年をお迎えください。