回転翼機の発展の歴史-航空機として飛ぶ工夫(8)-

JAXAメールマガジン第262号(2016年3月4日発行)
齊藤茂

こんにちは、ヘリコプターを研究している齊藤茂です。前回(第253号)までにヘリコプターの衝撃騒音のうち高速衝撃騒音(HSI騒音)の低減法について説明しました。今回は、ブレード-渦干渉騒音(Blade-Vortex Interaction Noise:BVI騒音)の低減法について話をします。

ヘリコプターのBVI騒音は、いつでも発生するわけではなく離陸、水平飛行、着陸の3つの形態のうち、特に着陸形態のときに発生します。この騒音はヘリポート等の住民が比較的近くにいるときに発生するため、ヘリコプターの騒音のうちで一番厄介な騒音といえます。
前回説明したHSI騒音は、機体の速度の増加により、ブレードが遭遇する空気との相対速度が増加するため、ブレード翼端付近で発生した衝撃波に起因する擾乱が機体前方(正確には、機体前方上下30~50度の指向性)に向かって伝播する現象です。
これに対してBVI騒音は、ブレードの翼端から発生する翼端渦(この渦の大きさは、ブレード上に作用する揚力の大きさに比例します)が後続のブレードと空気力学的な干渉を起こしたときに発生する急激な圧力の変化を引き起こすことで発生します。翼端渦はブレード翼端を離れた後螺旋状に斜め後方に流れ去ります。このとき何らかの原因によりこの翼端渦が後続のブレードと衝突もしくはごく近傍を通過すると、翼端渦の回りに発生している循環によりブレード上に揚力が発生します。この翼端渦とブレードの衝突もしくは接近する時間はごくわずかであるため、ブレード上に揚力が発生する時間はごく短く、このため衝撃的な圧力の変化となって周囲の人に届くことになります。
そしてBVI騒音では、ブレードが1回転する間にブレードの枚数だけ騒音が発生します。このため、どちらかというと連続的に太鼓をたたいているような音に聞こえます。この騒音のレベルは、機体の重量にも依存しますが通常70~90dBの範囲です。ほとんどの人に不快を与えるほどの騒音レベルです。
このように、BVI騒音の発生メカニズムがわかってくると、騒音レベル低減策も見えてくるものです。すなわち、翼端渦を弱めること、ブレードとの衝突または近傍通過を避けることです。
では、翼端渦とブレードとの接近または衝突を避けるにはどうすればよいのでしょうか。翼端渦はいったんブレード翼端から放出されると制御は効きません。逆に大気の影響を受けることになります。しかしながら、ブレード翼端から発生した渦に次のブレードが衝突するまでは、時間も短いことから大気等の影響はあまり受けることはないと考えられます。このように状況で騒音低減方法を考えねばなりません。
一つの方法としては、ブレード翼端から放出される翼端渦の放出方向を変えることです。具体的には、方向を上下に変化させることが考えられます。ブレード翼端を上下に変化させるには、ブレードのピッチ角を変化させることで可能です。翼端渦の上下方向の角度や回数を変化させるには、ブレード全体のピッチ角を変化させる高調波制御(HHC:Higher Harmonic Control)や翼端付近にフラップやタブを装着し、またブレードにピエゾアクチュエーターを埋め込み高調波でピッチ角を振動させる方法があります。
いずれの方法も自重を支えるための主制御のピッチ角に、高調波のピッチ角変化を重畳させます。これにより飛行に関しての制御を確保したうえで、騒音の低減を目指すものです。
ブレードのピッチ角変化を起こさせる方法として、上にあげた方法のうちHHCはブレード全体を捩じるため駆動力等に無理があり実用的ではありません。他方、フラップやタブを駆動させる方法やブレードを捩じる方法などは能動的方法(Active Method)と呼ばれ、振動させる振幅、周波数を任意に変化させることで、翼端渦の放出方向の変化や変動幅を変えることが可能です。
これらの方法に関して、世界中で研究が進んでいます。能動的フラップ技術を用いた騒音低減技術の研究に関しては、我が国が世界に先駆けて手掛けたものです。JAXAにおいても共同研究を進め、風洞試験レベル、CFD解析等でアクティブ・フラップの有効性を確認しており、BVI騒音に関していえば、6dB程度の騒音低減能力があることが証明されています。さらに飛行実証などを通じてこの技術の実用化を図るには、安全性や耐久性などまだまだ時間が必要ですが、将来これらの技術を装備した新型のヘリコプターが出現することが期待されています。