数値シミュレーション技術の発展とスーパーコンピュータ(I)

JAXAメールマガジン 第296号(2017年8月21日発行)
岩宮敏幸

数値シミュレーションが、理論、実験に次ぐ第3の科学という言葉が使われ始めたのはずいぶん前のことです。しかしながら、それは期待や可能性を含めての言葉であって、本当にその名にふさわしい新しい知見や成果を生み出し、一般に評価されるようになったのは最近のことです。数値シミュレーション技術を支えているのは、計算機と計算モデル、計算法の発展により、ここまで到達してきたのですが、航空機開発のための数値シミュレーションについて、その発展の過去を振り返ってみたいと思います。

数値シミュレーションとはそもそも何でしょうか。シミュレーションというのは模擬実験のことですから、数値シミュレーションというのは、対象とする現象を表現する数値モデルを利用して、計算機上で模擬実験をすることです。あくまでモデルですから対象としている現象そのものと照らし合わせて正しく模擬しているかどうか検証する必要があります。一旦、検証が済んでしまえば、条件をいろいろ変えてどのようなことが起こりそうか検討することができます。このような性質から、数値シミュレーションが特に威力を発揮するのは、実験に莫大な費用が掛かるような場合、実験に大きな危険を伴うような場合、実験条件に合うような環境を作り出すことが困難な場合などです。

 それでは航空機開発にとって数値シミュレーションはどのように使われるのでしょうか。航空機は空気の中を飛んで人や物を運んでくれるものですが、エンジンの推力を利用し、周りの空気から受ける力をうまくコントロールして、思ったように安全に飛んでもらう必要があります。これらを支えている理論は、流体力学、構造力学、材料力学、飛行力学、制御工学、燃焼工学などです。航空機を対象にこれらの理論から導かれる方程式(物理モデルと呼ばれます。)を計算機で扱えるように数値モデル化し、それを解くことによって、空気から受ける力、それに伴う構造的な変形などを見積もっているのです。

これらの中でも非常に困難なのが、流体力学に基づいて空気の流れを解くことです。流体力学では、ニュートンの運動方程式を流体に適用して得られるナビエ・ストークス方程式と呼ばれる基礎方程式が19世紀に確立されており、これを元に理論が出来上がっています。しかしながら、この方程式は乱流を表しているため、応用上、大変重要であるにもかかわらず、厳密に解くのは極めて難しく、数学的には重要な未解決問題の一つとされています。ナビエ・ストークス方程式があまりに複雑なため、理論的には、いろいろな条件を設定して方程式を単純化し、そこから、流体の性質を導くということが行われてきました。

このため、計算機のない時代には実験に頼る以外に方法はなかったのです。そのための実験装置が、風洞と呼ばれる空気を流す装置です。風洞の中に航空機の模型を置いて、その周りに空気を流すことによって模型が受ける力(空気力)を測るのです。風洞実験も模型を使って、航空機に係る力を模擬するのですから、一種のシミュレーション(模擬)です。人類史上初めて動力飛行機を発明したライト兄弟が自ら風洞を製作し、そこから得られたデータを活用して改良を繰り返した結果、成功を勝ち得たというのは有名な話です。しかしながら、風洞にも大きな課題があります。実際に飛行機が飛んでいる状態と同じ状態を模擬するためには、速度を合わせるだけではなく、模型の大きさも合わせる必要があるのです。このため、航空機の高速化や大型化に対応するには、大きな風洞で大量の空気をある速さで流してやることができるような風洞が必要となるのです。欧米においても我が国においても実用風洞は国レベルで低速、音速近辺、超音速と速度ごとに分けて建設維持されているのは、このような背景があるからです。

もしその一部でも数値シミュレーションで置き換えることができるのであれば、大きなメリットがあります。それを一つの目標として発展してきたのが、スーパーコンピュータの歴史でもあるのです。