小型超音速実験機の思い出(その2)

2018年3月20日

吉田憲司

皆さん、こんにちは。航空技術部門の吉田憲司です。前回に引き続き、小型超音速実験機(NEXST-1)にまつわる話をさせて頂きます。

NEXST-1プロジェクトの技術面の最大の特徴は自然層流翼効果を世界で初めて超音速飛行で実証することでした。実は、同時期にKroo教授(米国Stanford大学)のグループがF-15の胴体下に主翼模型を取り付けて境界層遷移点を後退させるマッハ2の飛行実験を準備しており、その後成功のニュースが流れました。一瞬「先を越された!」と思いましたが、Stanford大のものは主翼の後退角をほぼ無くして前縁近傍の境界層に横流れを発生させないようにするシンプルなアイディアであるのに対して、我々のものは造波抵抗の観点からむしろ後退角をマッハ角(マッハ2で60°)より大きくして、横流れ不安定があっても遷移が生じないように圧力分布を工夫する前例の無い”似て非なる“ものでした。(後日、Kroo教授が来日された際、NEXST-1の実験結果をご覧になって高く評価され、米国において紹介までしてくださったという逸話付きです。)我々は単に実験機を飛ばすだけでなく、学問的にも技術的にも最先端の研究開発に携わっていたことになります。

さて空力設計の次の課題は計測法でしたが、残念ながら日本の遷移研究者でそれまでに飛行試験で実際に遷移を計測した経験をお持ちの方はいらっしゃいませんでした。そこで、学会の場を利用して普段は“近寄り難い?”大御所の先生方と意見交換をさせて頂きました。「面白い計画!まずは風洞試験で有効な計測法を試してはどうか?」とのアドバイスのもとに「遷移計測検討会」を立ち上げ、計測システムの開発を担当するメーカさんと一緒に具体的な計測方法を検討することになりました。その結果、最も詳細な遷移情報が得られるホットフイルム(HF)と非定常圧力センサー、ある程度平均化されてしまうもののロバストな計測法である熱電対とプレストン管が選定され、それらを同時に適用して計測する“合わせ技一本“作戦となりました。但し、HF計測では乱流混合による熱伝達の微弱な変動を検知するために精密な電気回路が必要となり、その電気回路は風洞試験の装置を参考に開発したものの決定的に異なる点を見落としていたことが後に発覚しました。それは金属製の実験機では搭載機器のアースは全て筐体に取るため風洞試験でのアースと違ってグランド電圧が浮き、ノイズが乗り易いという欠点を持っていました。この欠点によって、2005年の飛行実験成功まで何度も何度も不具合に悩まされることになるのですが、メーカと旧NALの遷移研究者との粘り強いタッグによって全て克服できたことは敬服に値すると感じています。
また約330点にも及ぶ表面圧力も計測しました。こちらも風洞試験で定評のある計測装置を使用する方針としましたが、配管径を風洞試験のビニールチューブと同程度としたことでまたまた問題を抱えてしまいました。実験機の配管は風洞試験と比べてかなり長くなるため計測圧の配管内の伝播における時間的な応答遅れが発覚し、それも全ての計測システムの艤装後でした。当然配管の改修は不可能ですので、別な方法で解決しなければなりませんでした。この窮地を救ってくれたのは今度はメーカの飛行制御屋さんでした。つまり超音速グライダ―において風洞試験と同様にステップ&ポーズで姿勢を制御し、応答遅れをカバーするポーズ時間(約3.5秒)を確保するという苦肉の策でした。これもメーカさんの素晴らしい対処能力でした。

最後に、遷移計測に関してもう一つ思わぬ誤算がありました。それは実験機の構造でした。実験機は機軸方向のストリンガー、直角方向のフレーム、それらの外側に張り付ける外板から成りますが、外板は各フレーム間で分割されますのでその接合には平頭ネジが使われます。このネジ部には当然凸凹が、また外板と外板の繋ぎ目にはわずかな隙間も生じます。これらは全てラフネスとなって遷移を誘発してしまいますので、何らかの対策が必要となりました。そこで、ネジや隙間を接着剤で埋めて研磨する案が考えられましたが、外板は準備作業中はいつでも取り外せる必要があるため、接着剤の使用は全ての準備作業が完了してからとなります。また接着材の完全硬化までは研磨できませんので、その時間の確保も必要となりますが、実験機に搭載するバッテリーには自然放電に伴う時間的な制約もありました。そのため、実際には白熱電球による加熱を通して接着剤の硬化を促進させ、昼夜を通して一気に研磨するといった無理なお願いを現場の工作担当のメーカさんにせざるを得ませんでした。

このような世界初の自然層流翼効果の確認には多くの問題がありましたが、全て乗り越えることができました。このチーム力の素晴らしさを誇りに思うと共に、それを身近で経験できた私共は本当に幸せ者でした。しかし、真の幸せを感じるまでにはまだまだ試練が訪れます。それはまた次の機会に!