速く飛びたい、のために

2018年5月21日

チーフエンジニア室 大貫 武

2002年から2005年にかけて豪州で行われた超音速実験機飛行実験の様子を、ここ2回ほどお伝えしてきました。そもそも、この飛行実験を行うプロジェクトは何故開始されたのかということを、簡単におさらいしておきます。このプロジェクトが開始されたのは1997年のことでした。当時はコンコルドという音速の2倍で飛ぶことができる超音速旅客機が飛んでおりました。しかしながら、コンコルドには、燃費が極端に悪く、運航費が高額となる経済性の問題があり、同時に、超音速で飛んでいるときには、ソニックブームと呼ばれる爆音を地上に発生させ、また、離着陸する時は空港の周辺での騒音がとてつもなく大きい、といった環境適合性の問題もありました。それを解決しようと、欧米でコンコルド後継機の研究が行われており、その次世代の超音速旅客機が開発される際には、日本も積極的に参加できるようにしておこうと、この研究開発のプロジェクトが始まったのです。このプロジェクトとしては、まず、超音速機の経済性の課題を解決しようとして、2002年に第1回目の飛行実験を行いました。残念ながら、1回目の実験は失敗に終わりましたが、その原因の解明と対策の検討を行い、2回目の飛行実験は2005年に成功裏に終了いたしました。足掛け9年間のプロジェクトとなりました。JAXAにおいては、その後、低ソニックブーム設計概念実証プロジェクト(D-SEND)など、超音速機の環境適合性の課題を解決すべく研究開発を行っております。

私のコラムにおいて、ウーメラ実験場での実験の楽しさや大変さなどを、また、実験に先立って、豪州の実験場を使わせてもらうように豪州政府と交渉した時のエピソードなどをご紹介してきました。今回は、実験場を使わせてもらう契約はできたものの、実験前の準備として、実験の安全性評価であるリスクアセスメントを受け、また、実験場を我々の実験が行えるように改修工事を行わなければいけないといった、ソフト面とハード面の準備の一端をご紹介いたします。まず、リスクアセスメントですが、豪州政府の要求は、豪州の独立した企業による評価を受けること、とされていましたので、その能力のある企業を推薦してもらい、RFP(提案要求)を出しました。その結果、複数社から提案をいただき、旧航技研の中で審査を行い、1社(A社)を選定いたしました。リスクアセスメントの期間内に、キックオフ会議、中間会議、最終会議の3回の大きな会議がスケジュール化され、その間はメールによる質疑応答(Q&A)がなされました。Q&Aは200件を超え、それに一つ一つ丁寧に回答していきました。最終的には、人体、財産へ損害を与えるリスクは十分に低いことが証明され、ウーメラ実験場で行う実験としては適切で、安全であるとの結論を、A社から豪州政府へプレゼンしてもらい、豪州政府から正式に使用の許可を得ることができました。次に、実験場を使えるようにする工事です。実験機はエンジンがついていない無推力のため、超音速で飛行させるために、ロケットモータを用いて打ち上げる計画となっていました。ロケットモータはラムダロケットを改良したものなので、ラムダロケットのランチャ(発射台)を当時の宇宙科学研究所からお借りして、豪州へ移送いたしました。実験場の改修工事として大きくは、射点まわり、実験機の整備棟、ロケットモータの整備棟および保管庫、飛行安全監視システム等の整備からなっており、約1年かけて整備を行いました。実は、工事の着工に当たっては、関係者を招いて、豪州式の着工式を行いました。着工式は、英語でGroundbreaking Ceremonyと呼ばれますが、実際に土地(Ground)にシャベルで穴を掘る(Breaking)真似事をするのを見て驚きました。日本にも、地鎮祭や植樹などの時に、儀礼的に地面に鍬を入れる鍬入れ式がありますが、全く同じでした。歴史、文化が異なっても同じような儀式があるのだと実感した瞬間でした。

コンコルドは、2003年に退役し、残念ながらその後に後継の超音速旅客機は開発されておりませんが、最近、超音速機開発の動きが見られます。少しご紹介します。研究開発ですが、米国においても、NASAが低ソニックブーム化されたX-planeを開発し、住民や環境への影響を評価しようとするQueSSTプロジェクトを推進しています。JAXAも超音速機技術について、NASAと共同研究を行っています。実機開発の動きについては、米国のアエリオン(Aerion)社、ブーム・テクノロジー(Boom Technologies)社、スパイク(Spike)社が、超音速ビジネスジェット、あるいは小型の超音速旅客機の開発計画を発表しています。ブーム社については、座席数45~55席の小型超音速旅客機の開発に関し、日本航空株式会社が資本提携を発表し、将来20機の優先発注権を得ています。また、アエリオン社の、客席数8~12席の超音速ビジネスジェットの開発については、米国ロッキードマーチン社が参画することが発表され、2023年までに初飛行を行うとされています。近い将来、音速より速く飛べる時代が戻ってくるかと思うと、とても楽しみになります。