小型超音速実験機の思い出(その3)

2018年8月20日

吉田憲司

こんにちは。航空技術部門の吉田憲司です。本日は実験現場での苦労話を少し紹介致します。

第1回飛行実験は南オーストラリアのウーメラ実験場(軍の施設)で2002年に行われました。実験隊は宿泊地のウーメラ村から実験場までの約50kmを毎日車で移動し、夜は満天の星とカンガルーの飛び出しで、“楽しみ”と“恐怖”の連続でした。私は空力班長を仰せつかり、空力計測の準備作業を行いましたが、多くのトラブルに見舞われることになりました。

最初のトラブルは遷移計測用アンプのノイズ問題でした。現地で確認試験を行った際、不合格になってしまいました。調査の結果、指し込まれていた回路基板(ボード)に揺れが見られました。これは国内出荷時はなかった現象なので、輸送に伴う何らかの影響が疑われましたが特定は難しく、結局シリコンゴムによる固着対策が採用されました。しかし、それには製造メーカーの熟練者に来て頂く必要があり、時間のかかるトラブルシュートとなりました。

次のトラブルは圧力計測器の「校正値外れ」問題でした。これも輸送に係る何らかの影響と思われるのですが、とにかく圧力センサーを交換しなければならず、機器を日本に持ち帰る必要が生じました。今度は輸出入管理が壁となりました。時間がありませんので、機器をハンドキャリーし、空港で書類を税関に提出して許可を得て持ち出すことにしました。ところが、税関の空いている時間帯には制約があり、それに合わせての移動とせざるを得ず、ここでも時間のかかるトラブルシュートとなりました。海外実験でのトラブルは、人・物の移動が最大のネックであることをこの時ほど痛感したことはありません。実は、このような空力計測機器のトラブルは大小合わせて7回も起きてしまい、準備期間中はほとんどトラブルシュートの連続でした。しかし、スケジュールを支配していたのは空力以外のトラブルの方だったお蔭で、結果として当初から約3ヶ月遅れの7月14日に飛行実験にたどり着きました。

ところが、打上直後にロケットと実験機が分離して実験は失敗!! 直ちに現地で原因究明作業が始まり、分離ボルトの破断の様子から発火信号による切断であること、つまり電気的なトラブルに原因が絞られました。そこで、まず打ち上げ時のロケット火炎によるランチャーケーブルの破断が疑われ、その証拠となるケーブル・コネクタの探索が急務となりました。合わせて管制塔から約1km先に墜落したロケットの残骸を集めて事故分析に必要となるマップを作成することも必要となり、担当班に関係なく、それこそ現地総動員で対応しました。コネクタ探しは、射場を背に放射状に約1km先まで砂漠(と言っても赤土)の地面を目を凝らして丹念に確認して行く根気のいる作業でしたが、電気班が執念で射場裏のシェルターから発見するに至りました。

帰国後約1ヶ月に渡る旧NALとメーカーさんとの努力の結果、直接原因はロケット制御部の電子回路のショートであることがわかりました。これは教訓的でした! 回路基板のホットラインとグランド(アースライン)に数ミリの隙間を設けていたのですが、それが固体ロケットエンジンの点火衝撃によって狭まり、一瞬触れたためでした。もちろん、設計上その隙間は十分であり、打上時の衝撃の1.5倍の振動試験を実施しても問題ないことは確認されていましたが、そこに落とし穴がありました。本来、忠実に試験環境を模擬するのであればその制御部は縦に置いて振動試験を行うべきでしたが、スペースの関係で入らないため横において実施していました。その結果、回路基板を支えていた金属部が本来自重で下に撓む影響が見過ごされ、設計上の隙間が十分でなかったことに気づく機会を失ってしまったのです。大きなシステムの系統確認の難しさを痛感させられた事象でした。

その後は、同種の見落としが無いか徹底的に総点検が行われ、約3年を費やすことになりました。前回お話しした圧力応答遅れ問題もこの過程で見つかりました。これは、もし第1回飛行実験が成功しても圧力計測データから設計効果を確認できなかったことを意味し、空力班長として“背筋が凍り”ました! 総点検で判明したことをまさに“天”に感謝です。

そして、満を持して第2回飛行実験を2005年に臨みました。実はこの準備期間中にもトラブルが続出し、実験場契約期限のギリギリまで遅れ、まさに土壇場で大きなプロジェクト判断が求められる事態となりました。その詳細は既に記事(※)にまとめましたが、現地関係者の不断の努力と実験隊長及び副隊長の英断によって見事成功を勝ち取ることができました。約3年のデータ解析を経て目標とした先進抵抗低減技術を実証し、多くの成果を公表することができました。NEXST-1プロジェクトを通して得た沢山の経験と教訓は私共関係者の貴重な財産となりましたが、合わせて将来の若い研究者の皆さんにそれらをお伝えする責務も残っていることを強く意識して、今回は筆を置きたいと思います。

※ JAXA編「航空機研究開発の現在から未来へ―技術はどこまで到達しているか」(pp.204-212、2011年3月、丸善プラネット)