死の谷から救う人々(後編)

2018年12月20日
飯島朋子

皆さん、セレンディピティ(serendipity)ってご存知ですか?
ふとした偶然をきっかけにひらめきを得、幸運を掴み取る能力のことらしいです。
例えば、
ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て、万有引力の法則を発見した。
アルキメデスはお風呂からあふれる水を見て、浮力の原理を発見した。 などあるらしいのですが、

ふとした偶然をきっかけに我々の研究開発した技術が、死の谷に落ちずに済んだのも、セレンディピティなのかな~?なんて思うこともあります。

「研究者が何そんな非科学的なことを、言っているのですか?ちゃんと、考察して下さいよ」

あっ、はい、そうですね(汗)。

前回のコラムでは、空港周辺の低高度の風情報を提供するシステムの実用化に悩んでいたら、実用化に手を貸してくれる「死の谷から救う人々が現れる」というお話をしました。

何故、運良く救う人々が現れたのか!?
今回のコラムでは、お約束をした「私なりの考察」についてお話ししたいと思います。

ずばり、
ー 顧客であるエアラインユーザー(パイロット)はどうしたいのか?
ー 何が欲しいのか?
その本質を見抜いたからではないかと思います。

・ユーザーが本当に欲しい情報、「運航に必要な風情報」は何なのか?
そして、様々なパイロットタスクのある忙しいコックピットの中で、
・「簡単に」風情報を把握できる方法はないのか?

その答えを製品化できたからのように思います。

気象庁や、メーカーが、どんなに素晴らしい精度の風観測センサーを開発できたとしても、その風観測データを、運航でどのように使うかの仕様に落とし込めなければ、何も始まらなかった。
センサー屋ではない我々は、エアラインユーザーの課題は何なのか?から出発。
ユーザーに寄り添っただけと言えば、それだけのことかもしれません。

また、仕様に落とし込んだ後は、プロトタイプを開発し、ユーザー評価、仕様に反映を繰り返し、運航に役立つシステムとしての完成度を上げました。
できあがった製品を見れば、誰でも開発できそうでも、ゼロから作るのは難しい。
どんなものを開発すれば、エアラインユーザーに使えるものとなるか。
そのコンセプト創生こそ、死の谷に落ちない原点であり、社会実装を意識するJAXA航空部門の強みなのかもしれません。

使えるプロトタイプが開発できた後は、ユーザーであるエアラインと、技術を実用化する気象庁や企業との化学反応に任せるだけ。
我々が声をあげなくても、エアライン側にキーパーソンが現れて、**のような仕様にして欲しいとか、**空港にもALWINを提供して欲しい等、広がっていったのです。

「このシステム使えます。実用化して下さい」
この言葉は、我々JAXA自身ではなく、第三者であるユーザーの声が何倍も威力を発揮することを、私も知ったのです。

と、もっともらしいことを書いてみましたが、偶然、救世主が現れたような気持ちは今もってぬぐえない。
おそらく、このシステムの開発計画を立てた当時のプロジェクトリーダー、上司の方々に先見の明があり、開発の見えない所で、気象庁やエアラインと地道な調整とアピールを続けていたからと想像します。当時、JAXAにはなかった運航技術に関する研究をするべきと、JAXA航空の枠を広げた上司の方々の努力から土壌創りは始まった。
我々は、上の方が耕してくれた土壌に、種をまいて育てただけ。
よく肥えた土壌にしてくれた努力を深く知り得ないから、偶然のような気がしている。
セレンディピティではなく、偶然も必然だったということなのかもしれません。
もっと研究人生が進んだら、いずれ分かる時が来るのでしょう。
また、その時に「死の谷に落ちない方法」の番外編のコラムでも書けたらと思います。