死の谷から救う人々(仕掛け人編)

2019年8月21日
飯島 朋子

「JAXA 風を解析する最新の機器 鳥取県に無償譲渡」(プレスリリース
「2019年8月1日から、鳥取県はSOLWINの運用開始を決定!」
SOLWIN運用開始の嬉しいニュース(鳥取県広報資料)が、朝から何通も舞い込んできた。

「やっと、SOLWINが運用。今回も、死の谷に落ちずに済んだ~~~!」
ほっとしながらニュースをチェックすると、今回、死の谷から救ってくれた方々を思い浮かべた。

研究開発の前には、3種類の壁が立ちはだかるというのは、前回のコラムでも引用した通り。

  1. 魔の川:アイデア・基礎研究から実用化を目指した研究までの間の壁
  2. 死の谷:実用化研究から製品化までの間の壁
  3. ダーウィンの海:製品が市場による淘汰を受けて生き残る際の壁

ごまんとある研究開発のほとんどは、2番目の死の谷に落ちてしまうそうだ。
SOLWINについては、鳥取砂丘コナン空港で運用したいと、鳥取県が名乗りを上げてくれたことから、死の谷を乗り越えることができ、その第一報となるニュースが舞い込んできたわけだ。
数ある県のなかで、何故、鳥取県はSOLWIN導入に乗り気になってくれたのでしょうか?
その詳細な経緯を知ったのはつい先日のこと。

「我々、JAXA新事業促進部はJAXA研究者の成果を社会実装に繋げるため、いろいろと駆けずり回った。鳥取空港にSOLWINを入れることについては、かなり多くの人の協力があってできたもの。特に鳥取県出身の同部の中本善博さん、誠意ある迅速な対応を取って頂いた鳥取県県土整備部、装置の開発企業ソニックさん、常にアドバイスをくれた航空会社のお陰ですよ。私なんかただの旗振り役」
久しくSOLWIN関連の研究から離れていた私にそう教えてくれたのは、鳥取県にSOLWIN導入を仕掛けた必殺仕掛け人!
JAXA新事業促進部の大地泰裕氏だ。

「なぜ鳥取空港に絞ったのですか?」
「差別化ですよ。周辺空港とのね。鳥取県のニーズに焦点を当てたのですよ」
「鳥取県のニーズ?」
「そう、ニーズ。当時鳥取空港は安全・安心な空港をキーワードに空港ビルのコンセッション(民営化)活動をしていたんですよ。これには中本さんや鳥取県の打合せからだいぶヒントを貰ったんですけどね」
仕掛け人、もとい大地氏は、追憶するかのように遠い目を車窓に向け、経緯を話してくれた。
一緒に出張した帰りに、2人で電車に揺られていた時だったと思う。
「SOLWINの存在(設置)について、一番プラスになるのはパイロットを有する航空会社(エアライン)。だから、自治体空港で話をしても、第一に言われるのが「県にとってのメリット」でした。それに答えるために情報収集して相手のニーズやメリットが、何かを考えることから始めたのですよ」
「鳥取県のニーズ(安全・安心な空港)が、周辺空港との差別化だったということですね?それとSOLWINが関係あると?」
「風情報でもって、パイロットは着陸進入の操縦方策を立てられるから、運航の安全性が一層向上しますよね。乱気流が原因の欠航も防げるかもしれませんし。SOLWINの運用が開始されれば鳥取県は注目されるし、安全運航により鳥取県へのチャーター便が増えることでインバウンドによる観光収益も見込める。SOLWINを導入するなら今がチャンス!と誰もが思ったんですよね」
「なるほど~」
納得という顔をすると、さらに大地氏は続けた。
「私としては鳥取県のニーズとJAXAのシーズがミートした理想的な形だな~って思いました。他の周辺空港との差別化を図ってインバウンドを増やす。チャーター便を獲得したい、経済効果向上を維持したいといった鳥取県のニーズとJAXAのシーズ(SOLWIN)が一致したってわけですよ」

「そうなんですね~」

合点がいく思いだった。

ユーザーに寄り添ったシステムを開発するのは、研究者や技術者の役目。
それならユーザーである、航空会社の心をつかむことはできても、航空会社であるエアラインはSOLWINを買ってはくれない。
空港は、県や国の持ち物。
SOLWINは空港に設置するシステムだから、彼らが買うに足る理由が必要だ。
そうか!県にとってのメリットが必要だったのだ!!

そんな大地氏とのやり取りを回想しながら、鳥取県平井知事の7/3定例記者会見の会見録を読んでみた。

「実は鳥取砂丘コナン空港、欠航は結構風の影響があるんですね。つい最近も丸1日ぐらい止まってしまったことがございました。風の影響、特に低層のほうに入りますと、その影響によって着陸をできないと判断するとゴーアラウンド(着陸を断念し、再上昇してから着陸をやりなおすこと。)、またもう一回飛び上がってしまうんですね。
それで、もし風の状態がリアルタイムでパイロットのほうに伝われば、今チャンスだということで降りれるようになるわけです。そういう意味で欠航率の改善に寄与すると期待しておりますし、安全性の向上もあるというふうに考えられます(本文より若干、短文化)」

知事の期待感が込められたその記事は、SOLWIN開発から今までのことを走馬灯のように思い出させるほど、感慨深いものだった。
2015年当時、JAXA新事業促進部では「オープンラボ」という制度を作った。
JAXAと企業の研究がマッチしそうなものをお見合いさせ、予算をつけてくれる制度だ。
その制度に、ドップラーソーダーの技術を持つソニック社が応募してくれた。ソニック社が、SOLWINの開発パートナーになってくれたことは、前回のコラムでもふれた通り。
気象庁で実用化されたALWINのJAXA技術を見込まれてのことだ。

SOLWINを開発したJAXAとソニック社は、航空会社の協力を得て2017年に大分空港でSOLWINを試験運用。2018年には、山形県・鳥取県・航空会社の協力の基、庄内空港、鳥取空港で試験運用を実施。そして今回の鳥取県での運用開始に至った。

社内にオープンラボ制度がなかったら、SOLWINという商品は生まれなかったであろう。

回想にひたっていると、ソニック社の伊藤氏のメールが舞い込んだ。ドップラーソーダー開発の先駆者・SOLWINのキーパーソンであり、私がミスターソーダ―と尊敬している方だ。

「このメンバーの団結力は素晴らしく、こんなに気持ちよく仕事できたプロジェクトはありませんでした。皆様の持ち味と組織力、そして幸運にも恵まれて、ここまでやってこれました」

霧がぱ~っと晴れて青空が見えた気がした。
「あ~そうか、そうなんだ。やっと分かった気がする」と。

SOLWINの技術開発を行ったJAXA航空技術部門とソニック社。
SOLWINが必要と働きかけてくれた、ユーザーである航空会社(エアライン)。
ビジネスの事業化や仕掛けを考えてくれたJAXA新事業促進部。
我々の商品を受け取ってくれた鳥取県の方々。
低層風情報提供システムが必要とのお墨付きを下さったATEC委員会(航空会社や企業、国の機関等で構成される会議体)
そして、低層風情報提供システムの研究に最初に着手し、そのレールをしいてきた上司や同僚。

誰一人欠けても、死の谷を渡ることはできなかった。しかも、2年という非常に短い期間で。
皆が、SOLWIN開発から実用化という舞台で、それぞれの特技や持ち味を活かして役を演じた。
我々全員が、死の谷から救う人々だったのだ!

SOLWNの次の航海はもう始まっている。
安全運航の思いを乗せ、国内・海外に出ていくSOLWIN。「ダーウィンの海」という大海原へ。
寄港地は、八丈島空港、続いてフィリピンのマニラ空港へと続く。航海途中、嵐もくれば数々の試練も待ち受けているであろう。
でも、今回の経験を踏まえて航海を続けていけば、死の谷から救う人々は必ず現われる。
まだ踏みも見ず八丈島の、マニラの風を感じることを想像しながら、SOLWNの末永く幸せな航海を祈らずにはいられませんでした。

「どっどど どどうど どどうど 冬の庄内空港でも待ってるよ」
風の又三郎が囁いた気がして。