JAXA実験用ヘリコプタの○○なはなし(2)

2020年3月23日
町田章太郎

前回のコラムに続いて、JAXAのヘリコプタ整備士がヘリコプタに関する〇〇な話を語っていきます。今回は、ヘリコプタの燃料やオイルのことなど、皆さんがあまり知らないことや興味ありそうな「少しだけ秘密」の話をしていきたいと思います。

その1:【燃料は何を使っているの? 燃費は?】


燃料規格:JET A-1(ケロシン・タイプ)
燃費:約300リットル/1時間(150円/1リットル)
航続距離:約450km
(搭載燃料でだいたい2時間飛行できる距離)

BK117シリーズはターボシャフト・エンジンが2基装備された双発のヘリコプタで、使用している燃料は航空用ジェット燃料です。
例えば、調布飛行場~花巻空港まで行ける距離です。この燃料、実はジェット旅客機の燃料と同じなんですね。色は無色透明~薄い淡黄色、臭いは灯油…あれっケロシンって…そうです、ジェット燃料は灯油なんです!! とはいえ、航空燃料ですから以下のような添加剤が含まれています。

  • 静電気防止剤
  • 酸化防止剤
  • 金属不活性化剤
  • 腐食防止/潤滑性向上剤

いろいろ入っていますね~、実はこの添加剤が少々厄介なんです。
燃料が皮膚に付着してしまった時、すぐに洗浄しないで放置しておくとかぶれたような症状を起こしてしまいます。遠い昔、ヘリコプタに燃料を給油中、燃料が手袋と衣服の袖口にこぼれてしまったことがあるのですが、すぐに洗浄しなかったため手がかぶれてしまいました。この経験で、ジェット燃料は皮膚に良くないことがよく分かりました(笑)
航空機で使われるマテリアルは、毒性のあるものや危険なものもあります。ですから、きちんと防護して作業をしなければなりませんし、付着してしまった場合は直ぐに洗浄しなければなりません。

その2:【オイルはどんなものを使っているの?】


JAXA実験用ヘリコプタのエンジンオイル

航空機は機体やエンジンマニュアルで使用できるオイルの規格が決められていて、JAXAの実験用ヘリコプタでは写真のオイルを使用しています。写真の左はトランスミッション、ギアBox、エンジン用。右は油圧系統(操縦系統)用のオイルです。
オイルは潤滑、冷却、防錆などとても重要な役割をもっていて、決められたオイルを使用しないと潤滑不良やエンジン停止など大事故を招いてしまいます。飛行時間や暦日で定期的に交換しなければなりません。

その3:【パイロットは上空で操縦していない?】

そんな事を言われたら、乗っている人はドキドキしてしまいますね。でも本当なんです! もちろんオートパイロット(自動操縦装置3軸)と航法装置が装備されていることが条件で、さらに飛行する前の準備が必要です。機体はGPSを使った航法装置で位置を知りながら飛行します。カーナビと同じです。(笑) 準備として、出発地、経由地、目的地をオートパイロットに入力しておきます。全ての準備が整ったら離陸します、そしてオートパイロットを”ポチッ”っと押すだけで、手も足も離してあとは目的地まで寝ているだけ。それは冗談で周囲の見張りや交信など必要ですが…。
BK117シリーズにはシリーズの初めの頃からオプションでオートパイロットがありましたが、真っすぐ飛べない、乗り心地が悪くて酔ってしまうなど評判が悪かったので装備していてもほとんど使うことがなかったんですね。現在のBK117C-2になってからは、オートパイロットの性能が格段に向上して多くのパイロットが絶賛するようになりました。自動操縦は、パイロットのワークロードの低減になります。周囲の航空機に対する見張りや、次の目的地(空港など)に関する気象情報の収集などに意識を向けやすくなります。もはやオートパイロットは必須!! 
注意:飛行実験中、常にオートパイロットを使っているわけではありません。

その4:【BK117C-2をチャーターしたらいくらする?】

一度は個人でヘリをチャーターして上空の景色や好きな場所に行ってみたいと思った方もたくさんいるのではないでしょうか。
さてそのお値段は、「約70万円(1時間あたり)」くらいです!
個人ではなかなか手がでませんね、ヘリコプタはとても高価な乗り物です。BK117は1度に8人の乗客が乗れますので、8人グループでチャーターしたら1人90,000円弱です。ちょっと手が届きそうな値段になりましたね。高額な理由は機体の複雑さです。回転翼機であるヘリコプタは、固定翼である飛行機と比較すると動く部分が多いことがわかります。

飛ぶために必要な翼を回転させることは、より機構が複雑になりますから部品数が増大し、点検するために必要な時間やコスト増えることが高額な理由です。ヘリコプタは災害時に救助場面でたくさん活躍していますが、翼が回転しているからこそホバリング(空中停止)することが可能で、停止しながら救助することができるのです。飛行機にはできない大きな特徴といえます。

その5:【実験用ヘリコプタはどのような実験に使われてきたの】

MH2000Aと比べて、BK117C-2には大きく違う装備があります。

「カーゴ・フック」(機外吊り下げ装置)は、胴体中心の下に電動フックを装備して荷を吊り下げ、切り離しができる装置です。主に物資の輸送や火災現場で消火バケツを吊り下げ水を散水する時に使われます。このカーゴ・フックを使用した飛行試験である「小型回収カプセル高空落下試験」を紹介します。 この試験は「こうのとり」7号機に搭載されるカプセルのパラシュートの試験で、北海道大樹町にあるJAXAの大樹航空宇宙実験場の近辺で行われました。合計4回の試験が行われ、私はそのうち3回目、4回目を担当させていただきました。

さて実験の開始です、大樹航空宇宙実験場でカプセルをカーゴ・フックに吊り下げ実験場の沖合海上まで飛行します。パイロットはその時の風を読みあらかじめ決められたコースを飛行しながら上昇を続け、投下地点まで行きます。

私はその間、客室ドアを全開にしたまま目視でカプセルの状態を監視、同時にパラシュートが開くためのシーケンスを開始させるラインを手で握りしめています(写真左)。そして機体の高度が上がるにつれ外気温はマイナスに…(寒すぎる) 。ラインを握っている手はドアの外、手が寒さでかじかんできます。早く投下地点に着いてほしいと思いながら、やっと到着。上空1500m、いよいよシーケンス・ラインを引き抜き、投下のカウントダウン…5・4・3・2・1投下、カプセルはスムーズに切り離され、あっという間に降下していきます。
カプセルがだんだん豆粒のように小さくなっていき、バサッ! パラシュートが展開!

その後はゆっくり順調に降下を続け、海面に着水しました(写真中央)。ヘリコプタは周囲の安全を確認しながら降下し、カプセルの近くで旋回を続けながら着水したカプセルとパラシュートを撮影。
回収するために近づいてきた船を誘導して任務完了(写真右)、ヘリコプタは実験場に帰投しました。

  

こうして「小型回収カプセル高空落下試験」は無事にミッションを完遂しました。

「第2回 ヘリコプタの○○なはなし」。燃料という身近な話に始まり、カーゴ・フックというあまり聞きなれない話まで拡がってしまいましたが、みなさまにJAXAの整備士が見ている風景が少しでも伝わっていれば幸いです。次回はパイロット状況認識支援技術「SAVERH」について話をする予定ですので引き続きお付き合いいただければと思います。

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