航空輸送分野において、特にドクターヘリや災害救助ヘリなどの用途では、より高速で、より高機能なヘリコプターが求められています。世界でさまざまな開発が進む中でも、JAXAは独自の機体レイアウトを持つ新時代ヘリコプターを提案し、研究・開発に取り組んでいます。

注目されるコンパウンドヘリ

コンパウンド・ヘリコプター(イメージ図)

米国のティルトローター航空機XV-15(画像提供:NASA)

次世代のヘリコプターに求められる機能の一つが高速化です。ヘリコプターは垂直離着陸や空中静止が可能で高い機動性を持つ半面、機体上部のメインローター(回転翼)が大きな空気抵抗になるので水平方向の高速飛行は苦手です。現在の一般的なヘリコプターの最高速度は時速270km前後で、新幹線より若干遅いスピード。次世代ヘリは、この約2倍の速度で巡航できる性能を目標にしています。

 

世界では、高速化を目指してさまざまな機体レイアウトが検討されています。その一つが軍用機オスプレイなどで採用されたティルトローター方式で、ローターの角度を離着陸時には上向きに、水平飛行では前向きに変化させます。課題は、垂直飛行から水平飛行に移行する際のコントロールの難しさや、機構が複雑になること、ホバリング性能を高くできないことです。メインローターを二つにして互いに反転させ、推進プロペラなどを併用して高速を得る二重反転ローター方式もあります。これも、機構が非常に複雑で重くなる難点があります。

 

JAXAが研究を進めるコンパウンド・ヘリコプターも、こうして検討されているさまざまな機体レイアウトの一つです。揚力を発生させるメインローターと高速水平飛行のための推進プロペラを併せ持つ方式で、さらに小型の主翼(固定翼)と電動のアンチトルクプロペラ(メインローターの回転トルクを打ち消す)を備えた特徴的な機体を提案しています。

高速化と高いホバリング性能を両立

従来型のヘリコプターは、揚力を得るメインローターの回転面を傾けることで、空中で前後左右に動ける機動性を持ちます。コンパウンド方式は、この特徴を保ちつつ推進プロペラを使って効率よく加速することで、高速飛行を可能にしようというものです。

高速ヘリコプターを実現するために克服すべき技術課題

この点について、JAXAでコンパウンド方式の研究を担当する航空システム研究ユニットの田辺安忠主幹は、次のように説明します。

 

「機体のバランスを変化させて前進する従来型ヘリは、いわば立ち泳ぎの状態です。これに対し、クロールのように水平に推力を作用させるのがコンパウンドヘリ。飛び方そのものが大きく異なります」

 

JAXAでは、メインローターで発生する空気抵抗を低減するため、特殊な形状を持つローターブレード(羽根)を開発しました。また、推力プロペラを尾部に配置することで、ローターで発生した気流を吸いこんで流れを整え、全体で空気抵抗が下がる工夫も盛り込みました。

 

さまざまな高度技術の統合により高速化への可能性が見えてきましたが、それだけでは次世代ヘリとして十分ではないと、田辺主幹は考えます。

 

「高速化は必須ですが、速くても機動性が悪くなればヘリコプターとしての意味が失われます。その点で極めて重要なのが、ホバリング(空中での静止)などの性能維持です」

航空システム研究ユニットの田辺安忠主幹

機体周囲の空気の流れ(CFD解析で可視化)

コンパウンド方式は機体の両側に主翼とアンチトルクプロペラがあり、メインローターが発生させる気流を遮るためにホバリング性能に影響を及ぼします。これを回避するためにCFD(数値流体力学)の技術で空気の流れを詳細に検討し、位置や形状、構造などを確認しながら最適値を見いだしています。それにより高速飛行と高度なホバリング性能の両立を目指します。

 

「この機体は高速飛行が可能でありながら、時速180km以下では現在のヘリと変わらない機動性を持っています。次世代ヘリとして理想的なデザインと言えると思います」(田辺主幹)

安全で乗り心地も快適

コンパウンドヘリのスケールモデル

田辺主幹

イーゴリ・シコルスキーが設計したVS-300

(画像提供:The Igor I. Sikorsky Historical Archives, Inc.)

 

左右二つのアンチトルクプロペラが電動であることも、この方式の大きな特徴です。普段はエンジンに直結した発電機から電力を供給しますが、緊急のエンジン停止時は内蔵バッテリーで駆動するため、エンジン動力を伝える機構がなく、構造がシンプルで軽く、制御も簡便です。地上待機中は停止しておくことができ、乗員が乗降時に接触する事故も防げます。田辺主幹も、次のように安全性の高さを強調します。

 

「電動だと非力に感じるかもしれませんが、メインローターの回転トルクを打ち消すのにそれほど大きな力は必要ありません。電動とはいえ強力なモーターを使用し、万一エンジンが故障しても、在来ヘリと同様にメインローターのオートローテーションの揚力を利用しながらこの電動プロペラで方向を制御して安全に滑空して着陸できます」

 

ティルトローターに比べて構造がシンプルであることは、機体コストやメンテナンスなどの運用面でも有利です。高速飛行時には両側に広がる主翼が揚力を発生させる分、メインローターの負担が減り、ローターの出す振動や騒音も低減できます。従来型のヘリコプターに比べて乗り心地も快適ですから、救急や救難などの目的だけでなく、新しい空のコミューター(小型旅客機)としてのニーズも高まるといえます。

 

「今、先鞭をつけて国際競争力を高め、最新技術とコンセプトを世界に提供しながら回転翼機の最先端を拓いていく。そんな夢を込めて開発に取り組んでいます」(田辺主幹)

 

ヘリコプターといえば、1940年代のシコルスキーVS-300以来、約80年間続いてきた機体上部のメインローターと後部のテールロータが各1つずつの伝統的な機体が主流ですが、将来、そのイメージが変わる日が来るのかもしれません。

 

[ 2020年3月31日更新 ]

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