日本では航空機全体に占めるヘリコプターの割合は他国に比べて高く、国内で登録されている航空機の約3割がヘリコプターです。個人で乗る自家用ヘリコプターから業務用のヘリコプターまでさまざまな用途に使われています。特集の初回はまず、JAXAが行っているヘリコプターの安全性向上への取り組みを紹介します。

 

JAXAは、救助活動や物資輸送などを行うヘリコプターが、低速で飛行したり、ホバリング(空中での停止)したりしている時に、木や崖などの障害物や突風のあおりによる衝突を自動的に回避する技術を研究しています。2019年秋には、北海道大樹町でJAXAの実験用ヘリコプターにレーザーを用いたセンサーを搭載した飛行実験を行いました。今回は、この実験を担当した飛行技術研究ユニット ヘリコプタセクションの石井寛一リーダに、実験の概要と安全性向上への取り組みを話してもらいました。

飛行技術研究ユニットの石井寛一リーダ

機体周辺の障害物を検知するシステム

── ヘリコプターの安全性向上のため、具体的にどんな研究をされているのでしょうか。

飛行機(固定翼機)は前にしか飛べませんが、ヘリコプターは空中に停止するホバリングができますし、前後・左右・上下方向に自由度の高い飛行が可能です。この特徴を活かして、ヘリコプターは被災地や山岳地帯での救助活動などに使われています。ところが、地上近くで低速で飛行したり、ホバリングして救助活動をしたりしている際に、障害物に接触して事故となるケースがあるのです。そこで、障害物との衝突を回避できるようにしたいと考えています。具体的に言うと、センサーで障害物がどこにあるかを検知して、パイロットが救助活動に気をとられるなどにより意図せず障害物に接近するような操縦をしたとしても、自動的に衝突を回避する研究を進めています。

── ホバリングの状態を保つのは難しいことなのでしょうか。

図1

はい。ヘリコプターは常に機体をコントロールしている必要があります。ホバリングしている時も、機体はただ浮いている訳ではありません。

 

ヘリコプターは上部にメインローター(回転翼)があり、ホバリング中は、それを高速に回転させて生じる推力で機体の重量を支えています(図1)。

 

図2

図3

この状態で少し前に進む時は、ローターの回転面を前に傾けて、前方向の力を発生させます(図2)。しかし、傾けた分だけ上向きの力が減りますから(図3)、メインローターから発生する推力を大きくします。そうするとメインローターの回転で生じるトルク(ねじれて回転する力)が増えるので、機体はローターと反対方向に回転しようとします。それを抑えるために機体後部にあるテールローターが発生する力を大きくするのですが、テールローターの力は横向きに働くので、これでは機体全体が横方向に動いてしまいます。(図4)

図4

それを止めるためメインローターを反対方向に傾けると、その分だけ推力が少なくなってしまうので、またメインローターの推力を大きくするという具合に、ホバリングというのは、各ローターから発生する力の大きさと傾きの絶妙なバランスの上に成り立っているのです。

── 自動でホバリングをしてくれる機能はないのですか。

最新のヘリコプターにはオートホバーという機能があって、パイロットがコントロールしなくても定点でホバリングしてくれる機体もあります。しかし、このような機能を装備していないヘリコプターも多く、その場の地形や風の向きなどさまざまな条件もあるので、ホバリングの状態を保つのはとても難しいことなのです。

 

 

JAXAの実験用ヘリコプター

── それを手動で行うには、相当な技量が要りますね。

私は操縦できないので想像ですが、一輪車に乗っているような感じではないでしょうか。慣れればそんなに気にしなくても操縦できますが、パイロットは常に手と足で操縦桿やペダルを連動させて操縦しています。私もアメリカで一度、操縦を体験しましたが、ホバリングなんて全くできませんでした。

 

──そんな状態で突風が吹いたりする訳ですよね。

突風が吹くと位置が変わり、姿勢が変わります。場合によって高度も変わる。パイロットは最初の位置と姿勢を維持するために細かい操縦をして、バランスをとらなくてはなりません。また、ホバリングをする時は、できるだけ機首を風上に向けます。その方が機体が安定して安全だからです。同乗者が後方に十分気を配りますが、テイルローターが後方の障害物に衝突して墜落してしまうということも起こり得ます。

ヘリコプターは基本的に安全な乗り物

── ホバリング時の事故は多いのですか。

ヘリコプターが墜落すると報道などで大きく取り上げられるので、事故がたびたび起こっている印象を持つかもしれませんが、これまでいろいろな対策がとられてきたので、事故件数は減ってきました。ヘリコプターは基本的には安全な乗り物です。しかし、機体のどこが衝突するかは別として、難しい救助の局面では事故が起こる可能性があるのです。救助の人たちが何とか助けようとギリギリまで降りている時に運悪く突風が吹いたりすることもあると思います。

実験用ヘリコプタの操縦席

──シビアですね。そうした際の一助となるのが障害物検知なのですね。

最終的に目指しているシステムでは、センサーで障害物がどこにあるかを探し、見つけたらパイロットに場所を伝えて、気を付けるよう警告を出します。さらに、障害物に近づいていった場合、ある距離に来ると自動的にそれ以上接近できないように制御することを考えています。自動車では、障害物を検知すると自動的にブレーキがかかるシステムがありますが、それと同じようなイメージです。

今の段階では、まずJAXAが保有する実験用ヘリコプターの前部に障害物センサーとしてライダー(レーザー・レーダー)を取り付けて、障害物をどう検知できるかを試しています。また、衝突を自動回避するシステムは、開発したプログラムをシミュレーターに入れて飛行してもらい、正しく動作するかどうかを確認しています。将来的には、機体をどう飛ばしたらいいかを計算するコンピューターを搭載し、そのコンピューターの指示に従ってアクチュエータ(駆動装置)が動いて、ブレード(回転翼の羽根)の角度などを動かし、障害物に衝突しない飛行ができるようにしたいと考えています。

 

 

実験用ヘリに搭載されたライダー(赤丸内)

試験風景(丸で囲った部分がライダー)

──衝突回避システムは最終的に機体のオートパイロット機能の中に組み込まれた形になるのでしょうか。

そうですね。私たちが行うのはソフトウエアとかアルゴリズムの開発です。そうしたものが自動操縦のコンピューターに組み込まれ、実際に使われるようになるといいなと思っています。

── ヘリコプターが送電線に引っ掛かる事故もありますが、ライダーで送電線を検知できるのでしょうか。

送電線は操縦していて結構、見つけにくいと思います。国土交通省では送電線の鉄塔等の障害物情報をデータベース化していますが、送電線そのものは含まれていません。また、今回実験用ヘリコプターに搭載したライダーは水平方向にスキャンします。スキャンの方向が送電線と一緒になってしまうと、送電線は検知しづらくなるので、搭載やスキャンの方法に工夫が必要になると思います。さらに、送電線を検知するための他のセンサーとして、私たちは今、ミリ波のレーダーで送電線を検知するシステムを電子航法研究所と共同で研究しています。

──今回の実験でも使われたJAXAが運用している実験用ヘリコプターについて教えてください。

実験用ヘリコプタの前に立つ石井リーダ

BK117(C-2型)という日本でも広く使われている機体です。荷物室と客室が分かれておらず、後ろから前までずっと一つの部屋になっていて、そこに実験用の測定器を並べたりすることができます。機体の後方が観音開きになっていて、そこから出入りもできます。また、機体の外に実験用の機器を取り付けるポイントがいくつもがあります。物を吊り下げるカーゴフックも付いています。こういったポイントを使用して、SAVERH(パイロット視覚情報支援技術)の実験では、カメラポッドを搭載しています。ドアを開けて飛ぶこともできるので、実験には使いやすい機体ですね。

SAVERHなどの安全性向上の取り組み

JAXAでは障害物を検知して回避する技術のほかにも、ヘリコプターの安全性向上への取り組みを行っています。先の石井リーダのインタビューで最後に触れている「パイロット視覚情報支援技術(SAVERH)」もその一つ。これは、災害時の救援や捜索救助活動を夜間などでも安全に実施するために、パイロットに窓の外の状況や飛行状態を視覚情報として提示する技術です。

カメラやセンサーを搭載したポッド(赤丸内)

レーザー距離計による測定結果のディスプレイ表示

夜間や悪天候時などのように視界が確保できない状態での飛行は、地形や目標物など飛行に必要な情報を視認することが困難になります。そのため、周囲の情報を取得するために、ヘリコプターの機外に赤外線カメラやレーザー距離計などのセンサーを搭載したポッドを取り付けます。

 

夜間でも周囲の状況を撮影できる赤外線カメラの画像を、コックピット計器板のディスプレイやパイロットが装着したヘルメットマウンテッドディスプレイ(HMD)に表示するのです。また、レーザー距離計を用いて、地上の障害物との距離を測定し、障害物の存在を視覚情報としてディスプレイに表示します。これらの情報により、パイロットは接触の危険がある木や崖などの障害物の存在をいち早く察知し、回避することができます。

 

また、赤外線カメラやレーザー距離計を内蔵したセンサーポッドは、パイロットが装着したHMDの動きと連動し、パイロットが見た方向を撮影できる仕組みになっています。

 

[ 2020年3月31日更新 ]

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