JAXA航空イノベーションチャレンジ FY2024

イノベーションチャレンジを追い風に航空産業でのソフトウエア開発の先駆者になる
CO2排出削減につながる航空機の運航を最適化するアルゴリズムを開発

株式会社NABLA Mobility
CEO 田中 辰治(しんじ)


田中辰治氏

株式会社NABLA Mobility CEO 田中 辰治(しんじ)


今回は、2022年度にフィジビリティスタディフェーズ(以下、FS)に採択され、2023年度から研究フェーズに移り、現在JAXAと共同研究を行っている株式会社NABLA Mobility(以下、NABLA Mobility)の挑戦をご紹介します。


NABLA Mobilityは、航空機の運航を支援するソフトウエアを開発するスタートアップ企業です。2023年度にイノベーションチャレンジの研究フェーズに移行してからは、「ソフトウエア開発でグローバルに活躍するスタートアップ企業になる」という意識が芽生え、研究開発に一段と力が入っています。 同社の創業者でありCEO(最高経営責任者)の田中 辰治(しんじ) さんに、開発中のアルゴリズムとイノベーションチャレンジについて聞きました。



航空機の運航の最適化を提案しフィジビリティスタディを開始

イノベーションチャレンジに応募したきっかけを教えてください。


私たちは、「航空機の運航を支援するソフトウエア」を開発しようと、2020年に創業したスタートアップ企業です。当初から、大学などアカデミアの方々とは積極的に共同研究をしてきましたが、その中で「JAXA航空イノベーションチャレンジ」という公募制度があることを彼らから教えていただきました。当時は創業間もない時期で、実績を積みたいと考えていたこともあり、これは大きなチャンスだと思いました。サポートも受けられますし、何よりJAXAと共同研究ができることが魅力でした。


どのようなアイデアで応募されたのでしょうか?


航空機を効率的に運航することは、CO2排出削減につながることから、世界的に注目されている課題です。航空機の運航を最適化するには、まず周囲の状況の把握が欠かせません。周囲の状況とは気象条件や空港の状況なども含まれますが、ほかの航空機が飛行していたら遠回りをしなくてはならなかったりするので、「周りにどのような航空機が飛行しているか」が、航空機の運航を考える上では非常に重要です。
そこで、まずある地点のある航空機がその後どこに飛行していくのか「軌道(ルート)予測をするアルゴリズム」を作ることを提案させていただきました。周りの航空機がどんな動きをするかが予測できれば、自分の航空機の効率的な動き方が分かるわけです。


左からエンジニアの佐藤さん、お話を聞いた田中さん、エンジニアのルイさん。ルイさんは、「JAXAの研究チームの方々と研究の方向性について議論できるのが非常に有意義」と語った。

左からエンジニアの佐藤さん、お話を聞いた田中さん、エンジニアのルイさん。ルイさんは、「JAXAの研究チームの方々と研究の方向性について議論できるのが非常に有意義」と語った。



AI技術+インタラクションモジュールで運航支援用アルゴリズムを開発

具体的には、どのようなアルゴリズムを開発されたのでしょうか?


人工知能(AI)技術の1つであるディープラーニング(深層学習)を使った「位置予測」のアルゴリズムを開発しました。
航空機は常に現在地の情報を発信して飛んでおり、この運航データが蓄積されています。これを入手して90万件の学習データを作り、ディープラーニングに学ばせました。こうして過去の運航データを基に、航空機がどのように動くかを予測するアルゴリズムを開発したのです。このアルゴリズムに、ある航空機が直前の20分間にどのように動いたかというデータを入力すると、15分後にこの航空機がどこにいるかをリアルタイムで予測できます。


ディープラーニングとインタラクションモジュールを用いた航空機の軌道(ルート)予測の模式図

ディープラーニングとインタラクションモジュールを用いた航空機の軌道(ルート)予測の模式図


開発技術で特にこだわった点を教えてください。


実は、1機であれば、AI技術で航空機の運航を予測する研究はほかでも行われています。しかし、空全体での最適な運航には、航空機1機の動きを予測するだけでは不十分で、その時に飛んでいるすべての航空機の互いの関連性を考えなくてはなりません。こうした考え方は車の自動運転ではすでに取り入れられていますが、航空機の運航に導入したのは、私が知る限りNABLA Mobilityが初めてです。
具体的には、運航予測は1機ごとに行いますが、これらを互いの関連性を考慮してつなぎます。この部分が難しいのでこれまで行われてきませんでしたが、私たちは「インタラクションモジュール」を開発してこの難問を解決しました。このモジュールの特徴は、航空機の相互の関連性を表せるだけでなく、「アテンション機構」を搭載している点です。アテンションとは“注意を向ける”という意味で、この機能によって、注意を向けなくてはならない航空機と、それほど気にしなくてもいい航空機を判別します。こうして個々の航空機は、適切に他の航空機を考慮しながら飛行できるようになるのです。



グローバルなスタートアップ企業を目指して研究開発に一段と力が入る

アルゴリズムの実用化は近いのでしょうか?


開発したアルゴリズムをソフトウエアに搭載して実際に使っていただくまでには、もう少し検証が必要です。ただ、技術的にはかなりいいところまで開発できていますし、JAXAの審査会も実用化を期待してくださっていますから、私たちもそれに応えていくつもりです。
また、当初、このアルゴリズムはパイロットが使うコンピュータに搭載して、飛行支援をすることを考えていましたが、審査会に「もっとほかにも使い道があるのでは?」とご指摘いただいたこともあり、研究フェーズに入ってから改めて市場調査を行いました。その結果、航空会社の最大の関心事は、お客様を遅滞なく送り届けることだと分かり、いつ到着するのか「到着時刻」が分かる機能が必要だと考えるようになりました。そこで、これまで位置予測用として開発してきたアルゴリズムを、到着時間の予測に応用することを検討しているところです。


イノベーションチャレンジに参加して良かったことを教えてください。


JAXAの方とは月に1回ミーティングを行っています。その時に成果報告ができるように、頑張っています。これがペースメーカーになって、ここまで研究はかなり順調に進んでいます。JAXAの方からのアドバイスのおかげで、私たちのアルゴリズムの応用先を「到着時間の予測」というより社会実装につながりやすい方向へ転換できたことはすでにお話しした通りです。ほかにも「もっとこういう部分を検証しておいた方がいい」といったご指摘をいただくことがあり、現在の段階で検証しておかないといざ実装するという段階になって大きな問題になりそうだと気付かされることもありました。異なる視点をもつ人から意見をいただくことが大事だということですね。
FSに採用になった時には、チャンスをいただいたという気持ちでしたが、研究フェーズに進むことになってからは、“期待されている”と強く感じてさらに身の引き締まる思いで研究を進めています。航空機の運航の分野に限らず、スタートアップ企業がソフトウエアの世界でグローバルに活躍しているケースはほとんどありません。航空機は国境を越えて飛んでいるので、運航支援のソフトウエアを開発できれば、私たちが世界的なスタートアップ企業になることも夢ではありません。それを「頑張れよ」と応援していただいているのだと感じています。


最後に、これからイノベーションチャレンジに参加する方々へのメッセージをお願いします。


航空業界で何かを達成するには開発までに時間がかかるため、参入しやすい業界とは言えません。しかし、このイノベーションチャレンジを利用すれば、JAXAがインキュベーター(起業および事業の創出をサポートする組織や団体)のような立場で支援してくださるので、チャレンジしやすいと思います。この世界にたくさんの仲間が参入してきてくださることを願っています。


話し合いを重ね、より良いアイデアを出し合っている。

話し合いを重ね、より良いアイデアを出し合っている。

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