そのため、日本で開発されたほとんど全ての航空機・宇宙機の空力設計データや、H-IIロケット開発等のJAXAプロジェクトで遷音速領域における空力特性データ取得に用いられ、最近では国産小型旅客機の基準風洞としても利用されています。

 

この風洞は過去、1985~92年に大きな改修を行いました。しかし、それからさらに約30年が経過し、電子部品などが寿命を迎えて劣化による不具合もしばしば発生するようになりました。また、保守用部品の多くが製造中止になるなど、維持管理が困難な状態も続いています。そこで今回、2014~17年度にかけての3年間、主送風機を駆動させる電動機(モーター)の更新を含む一大改修を行うことになったのです。

 

改修の狙いは、試験設備としての性能を維持し、今後20年以上の安定運用を確保すること。そのために風洞の心臓部である電動機を刷新し、併せて制御システムを変更しました。その結果、本来の機能を回復できただけでなく、世界先端レベルの性能を持つ新時代の風洞に生まれ変わりました。

 

 

1960年、JAXAの前身である旧航空技術研究所(NAL)時代に建設された「2m×2m遷音速風洞」は、風速マッハ0.1~1.4(時速約100~1500km)での長時間試験が可能な循環式の風洞です。航空機やロケット、宇宙からの帰還カプセルなど多くの機体は飛行中のどこかにこの速度域があるため、試験対象は広範囲に及び、稼働率が高く、運用開始から約60年経った現在も、JAXA風洞群の中核として機能しています。

 

 

測定部の扉

扉の中に交換式測定部カートを収納

電動機の刷新で運転効率が大きく向上

主送風機は直径5m、質量約40トン。2段軸流送風機の回転翼で、最高回転数は710rpm

今回の改修で特筆すべき第一の点は、運転効率の向上です。近年、技術の高度化により電動機の性能は急激に向上しました。新設した主電動機もエネルギー効率が高く、風洞全体の省エネ性能が大幅にアップしています。また、制御システムの回路も、パワートランジスタを用いた現代のインバータ方式で新たに設計し、制御プログラムも一新しました。それにより、従来よりも簡易な操作で風速などを精細に制御することが可能となりました。

 

例えば試験中に風速を変更する場合、電動機の回転数を上げた後で所定の状態になる(静定する)まで一定の時間がかかるため、タイムラグが生じます。また、模型の姿勢を変更しても抵抗の変化で風速が変わります。過去には、これらを調整するためにかなりの時間が費やされていましたが、新しい制御システムでは、変更によって発生する空気流の変動を見越し、自動的にその分の調整量を加味して回転数や姿勢を制御します。試験時間全体でのタイムロスが減少し、実質的な計測時間が増えてデータ生産の効率が向上しました。この点には、電動機を入れ替えた結果、回転数変更などへの応答性が向上したことも寄与しています。

 

主送風機を稼働する主電動機(中央の緑色の機械が古いもの。その右の白い機械が新設されたもの)。マッハ数を±0.001に制限するため、0.3rpmの精度で回転数を制御する

熟練作業者のノウハウを制御プログラム化

改修によって、以前から課題となっていたオペレーション方法も改善されました。2m×2m遷音速風洞は主送風機、補助送風機という二つの送風機を持つ構造で、各制御系が独立しており、従来は主送風機、補助送風機、そして模型の制御や計測を行う「測定部」の制御装置を3人の熟練作業者が運転操作していました。風洞が大きいためそれぞれの制御室は別の建屋にあり、三者でインターホン越しに声を掛け合って試験を行う必要がありました。この複雑な方式を、新たな制御プログラムを組んで自動化し、いわばボタン一つで制御できる仕組みに変更しました。これによりワンマン運転も可能になりました。

 

計測室で主送風機、補助送風機などの制御操作を行うようになり、風洞の集中遠隔運転操作が可能になった

 

制御プログラムの自動化はとても困難な課題でした。特に風洞のように多数の技術要素が絡み合う高度システムでは、これまで人間が判断してきた複雑な要素、言わばオペレーターの感覚によるさじ加減をどのように機械システムに作り込むかが重要です。長い運用実績で積み上げられたスタッフの膨大な制御ノウハウ、つまり試験の際に作業者がどのように声を掛け合っていたかなどを分析、解析してフローチャートに書き起こし、それをプログラムとして心臓部に組み込んだのが、新しい遷音速風洞なのです。

 

ユーザーメリットも大きく

模型を設置したカート内。模型支持装置で模型の姿勢角を精密に制御・計測する

生まれ変わった遷音速風洞は、ユーザーにさまざまなメリットをもたらします。省エネ性能の向上は、ダイレクトに試験コストの低減につながります。運転効率が向上して時間が短縮され、データ生産の効率化も実現しました。自動化された制御プログラムでオペレーションも平易になり、以前よりも各段に利用しやすくなりました。

 

JAXAが行う航空宇宙分野での研究開発に加えて、今後さらに、交通や建築など幅広い領域に活用が広がると予想されます。そのため、計測技術をさらに高度化し、精度を向上させる取り組みを日々、継続しています。

長い歴史を持つJAXAの2m×2m遷音速風洞は、常に研究開発の第一線で活躍し、成果を出し続けてきました。それが今回の改修で機能を強化し、以前をしのぐ新たな性能を獲得しました。今後、日本の航空宇宙開発を始めさまざまな技術分野の伸展に、これまで以上に大きく寄与していくと期待されています。

■関連リンク

 2m×2m遷音速風洞

[ 2019年10月31日更新 ]

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