COLUMNコラム

2021.7.30

原⼦状酸素を観測

⾼分⼦材が損傷

宇宙空間には、太陽や銀河宇宙からくる宇宙放射線、太陽からの紫外線、さらに地球周回低⾼度に存在する原⼦状酸素(Atomic Oxygen:AO)が⾶び交っている。AOとは、酸素分⼦が太陽からの紫外線により分解したものである。⾼度200キロ-600キロメートルでの⼤気の主成分で、⾼度が低くなるにつれて、AO密度が⾼くなることが知られている。

⼈⼯衛星などの宇宙機とAOが衝突すると、宇宙機表⾯に⽤いられている⾼分⼦材料が削れて、熱制御などの性能が劣化する恐れがあることから、AOに対する対策が求められている。

近年、観測対象との距離が近くなることから⾼分解能での観測が可能になる⾼度300キロメートル以下の超低⾼度軌道の衛星利⽤に注⽬が集まっている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、この軌道の利⽤開拓のため、2017年12⽉に超低⾼度衛星技術試験機「つばめ」を打ち上げ、世界で初めて「地球低軌道環境における⻑期にわたる原⼦状酸素とその影響」についてモニターするシステムを搭載した。

2装置で構成

このシステムは、衝突したAO量を測定する「原⼦状酸素フルエンスセンサ」(Atomic Oxygen Fluence Sensor:AOFS)と、AOを含む超低⾼度に存在する⼤気成分による⾼分⼦材料の劣化を観測する「材料劣化モニタ」(Material Degradation Monitor:MDM)の2種類の装置から構成される。

AOFSは⽔晶振動⼦微⼩天秤(てんびん)を⽤いてナノグラムオーダー(ナノは10億分の1)の質量変化を計測するセンサーで、衛星各所に計8個搭載した。AO量計測⽤の6個のセンサーには⽔晶振動⼦微⼩天秤の表⾯にポリイミド薄膜をあらかじめ成膜し、AOの衝突により削れた量の計測からAO量を算出した。

MDMには、将来の超低⾼度衛星への適⽤が期待される13種類の材料サンプルを搭載。前⾯および背⾯に発光ダイオード(LED)を設置し、そのいずれかを点灯した条件で、電荷結合素⼦(CCD)カメラを⽤いて撮像し、光学特性の経時変化の画像を取得した。材料サンプルにはこれまでJAXAが開発してきた耐AO性を有する材料も搭載した。

軌道上の材料の劣化状況を連続的にその場で観測した例はこれまでにほとんどなく、超低⾼度における材料劣化メカニズムに関する貴重なデータを取得できた。

超低⾼度利⽤へ

AOFS、MDMともに「つばめ」の運⽤終了まで、今後の超低⾼度軌道利⽤に不可⽋なデータを取得することができた。AOFSでは計測値と⼤気モデルとの違いがみられ、またMDMでは光学特性に変化の⾒られた試料があった。

今後、取得データの評価や地上対照試験、異なる軌道で実施した宇宙環境曝露(ばくろ)実験との⽐較を⾏い、超低⾼度環境の活⽤に向けた環境の理解や材料との反応機構の理解を進め、宇宙利⽤の拡⼤に貢献したい。

超低高度衛星技術試験機「つばめ」

超低高度衛星技術試験機「つばめ」

© JAXA

※本コラムは2021年5月時点の情報となります。

奈良県出⾝。17年⼊社。⼊社以来、宇宙環境因⼦と⾼分⼦材料との相互作⽤に関する研究や、半導体部品の耐放射線性評価に携わる。趣味はバスケットボールと囲碁。

研究開発部⾨ 第⼀研究ユニット
研究開発員 ⾏松 和輝

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