COLUMNコラム

2022.6.22

燃焼器 圧力変動・溶損を予測

ロケット開発

新型の国産液体ロケットH3の開発が大詰めを迎えている。H3に搭載されるLE-9エンジンでは燃料に液体水素(約-253℃)、酸化剤に液体酸素(約-183℃)を使用し、燃焼器の中で100気圧以上で混合・燃焼させて推進力を得る。

燃焼器はロケットの成立性や寿命を決める最重要コンポーネントであり、開発コストや期間を大きく左右する。特に注意すべきリスクは燃焼器内部の圧力変動と燃焼器内壁の局所的な熱負荷による溶損であり、発生すると設計手戻りによる開発コストや期間の増大に直結する。

これらの事象は実スケール試験で初めて発現することが多く、非定常かつ局所の現象であるため数値流体シミュレーション(CFD=Computational Fluid Dynamics)で事前に予測することは困難であった。

実スケール解析

宇宙航空研究開発機構(JAXA)ではこれらの事象の事前予測を実現すべく、圧縮性燃焼LES(Large Eddy Simulation)ソルバー「LS-FLOW-HO」というCFD解析ソフトウエアの開発を進めている。

CFDでは計算空間(ここでは燃焼器内部)を格子状に分割し、格子ごとに流体の方程式を計算する。CFDの中でも乱れた流れ(乱流)の高精度な解析手法であるLESは、計算格子よりも大きな乱流構造を直接計算するため、非定常や局所の現象の再現性に優れる。

しかし、従来のCFDに比べて計算コストが圧倒的に高いため、産業界での利用は限定的であった。JAXAでは極低温流体や燃焼などの物理現象を考慮できる物理数学モデルの導入や解像度の向上などの工夫と、スーパーコンピューターの高速化の両輪で、実スケール燃焼器のLES解析の実現を進めている。

最大の課題は、実スケール燃焼器内の噴射器数百本から形成される乱流状態の拡散火炎の再現であり、計算格子100億~1000億点の超大規模計算となる点である。従来の燃焼LESは世界的にも10億点規模が最大であり、これが実現すれば世界初の技術となる。
「LS-FLOW-HO」では従来の20倍以上の計算の高速化を達成し、噴射器500本の実スケール燃焼器の計算が可能となっている。

脱炭素化に貢献

将来的には試験を代替する燃焼器シミュレーターとして設計上流段階で活用し、高性能・高信頼なエンジンの設計開発に貢献することを目指している。燃焼LESは汎用的技術であり、発電用ガスタービンなどにも適用できる。今後は産業界に技術展開し、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)などの社会課題にも取り組んでいきたい。

ロケットエンジン実スケール燃焼器のラージエディ・シミュレーション。噴射器壁面・噴射面は圧力分布を示す。火炎形状は混合分率の等値面に色付けした

© JAXA

※本コラムは2022年1月時点の情報となります。

世界初の実用燃焼LESソルバーLS-FLOW-HOを完成させ、数値シミュレーションベースで日本独自の再使用ロケットや有人ロケット開発をリードしたい。

研究開発部門 第三研究ユニット 主任研究開発員
芳賀臣紀

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