【開催報告】JAXA航空シンポジウム2023
―見上げるは、空の先―

航空技術を取り巻く環境は、安全性はもちろん、自然環境の問題やデジタル社会への対応、次世代への移行といったさまざまな課題を抱えています。JAXAの航空技術部門はこうした課題に積極的に取り組んでおり、その現況を発表する場を設けました。

今年度は、「電動」「水素」「次世代エアモビリティ」をテーマにした専門家による講演をはじめ、ポスターや展示物を見ながら研究者と話ができるコーナーやJAXA職員による学生向け相談窓口を設けました。会場には受付開始前から行列ができ、航空技術に関心を寄せる230人ほどの来場者がありました。また、ライブ配信された講演は延べ1300人近くの方が視聴されました。航空技術をめぐる新しい洞察や方向性を深掘りする有意義なシンポジウムになりました。

会場へお越しいただいた多くの皆さまや、ライブ配信をご覧いただいた皆さまに、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。


  • JAXA航空シンポジウム2023 会場の様子
  • 研究ポスター展示のようす

講演

開会の挨拶、第4期中長期計画の概要と成果の発表に続いて、将来の航空の3本柱のうちの「電動」に関する2つの講演が行われました。

第4期中長期計画の概要と成果

開会の挨拶

渡辺 重哉
JAXA理事補佐/航空技術部門長代理

特別講演
航空機電動化により実現する次世代モビリティの革新

井上知也

井上 知也
株式会社IHI 航空・宇宙・防衛事業領域 民間エンジン事業部 技術部
第一プロジェクトグループ 主幹

航空機はジェット燃料を燃やしてエンジンで動力を生み出すが、航空機の推進力として使われるのはそのおよそ8割で、残りは空調などの機械系の駆動システムに使われている。そこで、機体全体のエネルギー効率を最適化すべく、IHIでは機体の各種電動化システムの開発を推進している。例えば、エネルギー回収により効率を最大化させる空調システム、モーターを駆動するインバーターを冷却するシステムなどだ。また、こうした機体システムの電動化に伴う電力需要増大に加え、ハイブリッド電動推進化への対応として、世界初のエンジン内蔵型タイプの電動機も開発し、実証段階に入っている。

航空機用メガワット級電動ハイブリッド推進システム技術実証
~CO2排出量を削減するジェット旅客機のメガワット電力時代開拓を目指して~

西沢啓

西沢 啓
JAXA航空技術部門
航空機用メガワット級電動ハイブリッド推進システム技術実証(MEGAWATT)プリプロジェクトチーム長

JAXAでは、CO2削減と従来エンジンの性能限界の突破を目指し、電動化に産官学で取り組んでいる。エンジンのターボの回転で発電機を回しメガワット級の電力を得て、モーターを介して電動ファンを動かし、巡航中の推力をまかなうというハイブリッド方式だ。電動ファンを胴体の尾部に取り付けて、入る空気の速度が遅くなるようにしてエネルギー効率を上げ、7~9%のCO2削減を見込む。尾部やナセル(エンジンカバー)の形も工夫していっそうの高効率化をはかる。現在、概念設計を終えて各構成要素の定量的な解析を行っており、地上での技術実証に向けて駒を進めている。


午後は、「水素」と「DX」に関する講演が行われました。

特別講演
水素航空機向けコア技術開発

餝(かざり)雅英

餝(かざり) 雅英
川崎重工業株式会社 航空宇宙システムカンパニー
水素航空機コア技術研究プロジェクト総括部 総括部長

水素航空機にもいろいろあるが、川崎重工業では、水素を燃料としてそのままエンジンに供給する「水素エンジン方式」の開発を、航空機の中でもCO2の排出量の多い80~250席くらいで航続距離2000㎞以下のクラスを対象に進めている。技術開発の課題には、水素燃焼器、水素供給システム、液化水素タンク、機体構想の4つがある。開発期間は2021~2030年で、現在は初期検討をほぼ終え、4課題の要素開発がスタートしたところだ。

自社だけではなく、多様な得意技術をもつ産官学の共同で開発を進めていく。JAXAも液化水素用ポンプや、水素を使用したさまざまな試験に関する技術開発などを担当。

講演資料

航空機の設計・認証プロセスの革新とプロセス統合
~航空機開発の未来へのチケット~

溝渕泰寛

溝渕 泰寛
JAXA航空技術部門 航空機DXチーム長

近年の航空機は極めて複雑なシステムになっており、開発期間やコストの増大が問題になっている。それを解決し、日本が航空機開発の上流を担えるようにするには、「モデルベースで設計され、試験の代わりに解析によって認証が取得でき、IoTやAI技術を駆使するスマートファクトリーで製造される航空機」を扱うDX技術の獲得が必要不可欠だ。

JAXAでも、得意とするシミュレーション技術を中心にこれらのDX技術に挑んできた。そして2023年2月のNEDO の公募に企業6社と共同で応募して採択され、航空機のDX技術プラットフォーム構築の取り組みに着手している。

講演資料

続いて、「次世代エアモビリティ」に関する2つの講演が行われました。

特別講演
空の移動革命への挑戦
~日本発 空飛ぶクルマと物流ドローンの開発~

岸信夫

岸 信夫
株式会社SkyDrive 取締役CTO

道が混雑して走れないなら、空を飛べばいい。そんな空飛ぶクルマの構想は、もう夢物語ではない。SkyDriveは2025年の大阪・関西万博でのお披露目を目指して、開発を進めている。現在、空飛ぶクルマの開発には世界で400社ほどが取り組んでいるといわれるが、電動で垂直離着陸が可能な空飛ぶクルマのうち、機体の安全性等を国が証明する認証プログラムを開始しているのは、SkyDriveを含め、現時点で10社程度。SkyDriveは日本ではこの分野の唯一の企業である。

乗り物で世界を変えたいと考える同社の空飛ぶクルマは、小型のマルチコプターで、垂直に離着陸して静かに飛ぶという特徴を生かして、都市部での運航が期待される。JAXAとは、特に騒音低減技術の開発で共同研究をしている。

空飛ぶクルマは「空の移動革命」を起こし、日本の強力な次世代産業となり得る技術である。

大阪・関西万博に向けて開発中の機体「SKYDRIVE」のスペック

大阪・関西万博にてお披露目予定の機体「SKYDRIVE」のスペック
※今後の設計開発の進捗により変更の可能性があります

次世代空モビリティの協調的運航管理技術の研究開発
~ドローン・空飛ぶクルマ・既存航空機のより安全で効率的な航行を目指して~

又吉直樹

又吉 直樹
JAXA航空技術部門
航空利用拡大イノベーションハブ CONCERTOプロジェクトチーム長

空飛ぶクルマの商用運航が現実味を帯び、ドローンや既存の航空機を含めた「統合的な空の運航管理技術」の開発が急務となっている。JAXAのCONCERTO(コンチェルト)プロジェクトでは、①ポートや空中での接近(コンフリクト:競合)の回避、②待機時間削減のための効率的な運航、③急な運航変更に対応できる迅速な運航調整、④ドローンなどの低高度飛行体との共存を、空飛ぶクルマの運航における4つの課題と考え、それぞれを解決するための技術開発を進めている。

まず、飛行前の調整でコンフリクトが起こらない飛行計画を作成する。そのために、大量の飛行計画を短時間に調整するシステムを開発する。こうして緻密な飛行計画を立てても、実際の運航は計画通りにはいかないため、計画通りに飛行しているかをモニターする技術、さらに計画からのずれをリアルタイムに修正する技術の開発も併せて行っていく。

CONCERTO(コンチェルト)プロジェクト

研究ポスター展示

ポスター会場には、14の研究テーマについて最新の成果のポスターが展示され、来場いただいた方々と発表者とが活発に議論をする姿が見られた。

音の伝わる速さ(音速)より速く飛ぶ「超音速機」には、飛行時にソニックブームと呼ばれる爆発音が発生する問題がある。この騒音問題を、飛行機の形状設計によって解決しようという研究成果が発表された。

  • 研究ポスター展示のようす
  • 研究ポスター展示のようす

エンジンの入り口と出口に装着する「吸音ライナ」は、ハニカム構造によって騒音を内部に閉じ込める働きをする重要なパーツだ。近年は、飛行時のCO2排出量を減らすために、吸音ライナも軽量化と単位面積当たりの吸音性能の向上が求められている。

研究ポスター展示のようす

1984年のロサンゼルス五輪開会式では、簡単な装備で人が空を飛ぶ姿を目の当たりにして、多くの人が衝撃を受けた。あれから40年。安定飛行が可能になり、もう一息で人命救助活動や高所作業ができる、ところまで開発が進んでいる。

研究ポスター展示のようす

誰もが気軽に航空機で海外旅行を楽しめる時代といわれるが、障がい者にとってはまだそうではない。機内が狭いために普段とは違う姿勢で長時間過ごさなくてはならないし、トイレが狭くて介助者が一緒に入れなかったりする。こうした環境を改善する研究が進められている。

研究ポスター展示のようす

ポスター展示のデータをご覧いただけます。

  1. 航空機用メガワット級電動ハイブリッド推進システムの研究開発(PDF: 6.8MB)
  2. 旅客機機体騒音低減技術飛行実証(FQUROH-2)(PDF: 4MB)
  3. 静かな超音速機の実現に向けて -静粛超音速機統合設計技術-(PDF: 15.2MB)
  4. 将来航空機の機体システム概念検討(PDF: 2.2MB)
  5. カーボンニュートラルに向けた旅客機の空気抵抗を低減するためのリブレット技術(PDF: 1MB)
  6. 高自由度積層設計技術によるひずみ分布最適化技術の実証研究(PDF: 2.9MB)
  7. 低炭素排出と静粛性を目指した吸音ライナ技術の研究(PDF: 4.7MB)
  8. 水素電動エンジン技術の研究(PDF: 3.7MB)
  9. 航法技術開発と航空機装備品の認証取得に向けた取り組み(PDF: 2.3MB)
  10. 微粒子防御エンジン技術の取り組み(PDF: 5.9MB)
  11. 次世代空モビリティの協調的運航管理技術の研究開発(CONCERTO)(PDF: 1.2MB)
  12. ウェアラブルなヒト飛行装置 "emblem" の実現に向けて(PDF: 2.5MB)
  13. 誰もが快適にフライトできる、バリアフリーキャビンの実現に関する研究(PDF: 4.3MB)
  14. IoT技術による風洞試験設備のスマート化

最後に、来場者にお話を聞きました。

来場者からのコメント

  • 業界の技術レベルや他社の動向を知りたくて来ました。持続的な開発方針にシフトして、エネルギー効率などの新たな技術革新に重きを置いている印象を受けました。

    30代男性航空機関係
    法務関係
  • 大学でバイオミメティクスという「生物をものづくりに生かす」研究をしており、将来、共同研究ができないかと思って参加しました。研究者と話をして、航空技術の課題も聞けましたし、バイオミメティクスの手法も紹介できて満足です。(静かで効率的に飛ぶフクロウや大型なのに速く飛ぶ鷹なら航空技術に何か生かせるかもと思い、今後仕組みを調べてみようと思いました。)

    20代男性大学院生
  • ビジネスチャンスを見つけたくて来ました。水素を旅客機に使うには、マイナス300度くらいの液体にしてタンクで運ぶと知り、その脆化(ぜいか)に耐えられる金属を探せばビジネスに繋がるのではというヒントを得ました。

    30代男性金属メーカー
  • JAXAに就職したいので、将来のビジョンを聞きに来ました。学会で電動化の話を聞いたとき、研究が進んでいる分野だと思いましたが、まだ課題が残されていることも実感しました。

    20代女性大学院生
    飛行機の空気抵抗の研究
  • 内定先は航空関係ではないのですが、研究者の話を聞いて、航空機関係の仕事に就職し直したい気持ちが強くなりました。

    20代女性大学院生
    飛行経路の最適化の研究
  • 趣味でドローンの操縦免許資格を取ろうと思っています。ドローンや水素カーの話を聞きたくて、午後の仕事を休んできました。航空機の仕組みを知ることができたし、(今後飛行機に乗るときにより安心して乗ることができると思います。)空飛ぶ車など、ちょっと夢のある話も聞けて満足度めちゃくちゃ高いです。

    50代女性
  • インフラや法整備などをどう解決してくのか、興味があります。研究者だけではなく、国も一体となって問題解決を進めていかないといけないと思いました。

    60代男性航空機の部品製造
  • 航空機、無人航空機、エアータクシーをビジネスにしようとしているメーカーや事業会社が多数あるので、現状を確認したいと思って来ました。電動化と言っても、車とは全く考え方が違うのだと、具体的に分かりました。

    60代男性運送事業と整備事業
  • 飛行機のパイロットを目指しています。30年後、40年後にどうなっているか、心づもりをしておくべきだと思ってきました。相談ブースでこれからの航空業界の発展について聞きましたが、説明も丁寧で分かりやすくて良かったと思います。(パイロットになりたい気持ちが強くなりました。)

    20代男性大学生
  • 新しい分野の開拓のために来ました。アルミの軽量化によって作られた部品の話を聞いて、弊社が参入できるところがあるかもしれないと思いました。

    20代男性化学品系を扱う商社マン
  • 研究室の先生からこのシンポジウムを教えてもらい長野から来ました。脱炭素、水素、電動化とか知りたかったですし、当日受付があったので。就職先は重工業ですが、航空機などいろんな分野をやっている会社なので、就職して、この場で見たり聞いたりしたことが役立ったら嬉しいなと思います。(楽しそうにしている研究者を見て、自分も将来そうなりたいと思いました。)

    20代男性大学院生
  • 水素航空機に関しては、弊所のイベントでも川崎重工さんが登壇されますので、非常に参考になりましたし、DXも本当に大事だなと思いました。

    40代女性航空宇宙産業の振興を担当
2023年11月22日更新