COLUMNコラム

2021.3.16

⾃然層流翼、航空機を低抵抗化

横流れ不安定

1945年以降、世界の航空旅客輸送量は指数関数的に増加しており、国際民間航空機関ICAO によると2038年には2018年の2倍以上になると予測されていた。2020年の春、新型コロナウィルスの感染症が世界中に拡大し、それを封じ込めるために、各国が外出制限措置をとるまでは。外出制限により航空需要は激減し、航空業界は世界的に大きな打撃を受けた。その影響の大きさは計り知れず、未来予測も悲観的になりがちである。

しかし、このような状況だからこそ、厳しい現状を打破し、持続可能な明るい未来を享受するために、航空機の性能向上が強く求められるに違いない。特に、燃費向上や低騒音化など、航空機の環境性向上への要請はこれまで以上に強くなるだろう。我々航空に携わる研究者はその期待に応えていく必要がある。 その一つが自然層流翼である。

JAXAでは、これまで環境性能向上を目標として、機体の低抵抗化技術の研究開発を進めてきた。その中の一つが、自然層流翼設計技術である。層流翼とは、機体表面の流れが摩擦抵抗の大きな状態(乱流)になることを抑制し、摩擦抵抗の小さい状態(層流)を保っている翼である。特別な装置を用いて流れを制御するのではなく、翼形状、特に断面形状を工夫することによって層流状態を保たせたものを自然層流翼と呼ぶ。

層流翼は、Honda Jetに適用されたことから広く知られるようになったが、そのアイディアは古く、戦前に世界最速記録更新を目標として開発された速度記録機(通称研三)にも採用されている。ただ、我々がターゲットにしている機体はこれらより飛行速度が速く、層流状態の維持が各段に難しい。

航空機は、飛行速度が速いほど主翼の後退角を大きくし、翼面上で発生する衝撃波による造波抵抗を抑制するが、境界層は逆に乱流になりやすくなる。境界層が層流から乱流へ変化(遷移)するとき、境界層の中にある渦状の乱れが増幅する。この乱れを増幅させる機構(不安定)は流れ場の状況に応じて幾つかあるが、後退角が大きくなると、横流れ不安定と呼ばれる乱れを強く増幅させる機構が前縁付近で台頭し、すぐに境界層は乱流に遷移してしまう。さらに、機体表面の粗さにも非常に敏感になるため、翼面、特に前縁部での平滑化が強く要求される。そのため、後退角が大きな翼の層流化は非常に難しく、実機に適用された例がない。

しかし、設計・製造技術の発達により実現への見通しがたってきたことから、近年、欧米でも研究が活発化している。

逆問題設計法

JAXAでは、後退翼の自然層流翼設計技術として、逆問題設計法について研究してきた。逆問題設計法は、一般的な形状設計と評価を繰り返すのではなく、理想的な流れ場を予め設定しそれを達成する形状を設計する手法である。JAXAにおける逆問題設計技術は、二つの優位性を持つ。

一つは、予め設定する「理想的な流れ場」である。これは翼表面の圧力分布の形で設定するが、その流れ場を達成するだけでなく、他の性能を劣化さえない工夫や設計のしやすさまで加味されている。独自の圧力分布で、特許も取得している。もう一つは、自動設計システムである。様々な制約条件の下、三次元的な設計ループを自動で回すことが可能である。

これまでJAXAでは、この手法を種々の超音速機の概念設計に適用し、2005年には小型超音速機プロジェクトで飛行実証した。

検証風洞試験

2014年からは設計対象を亜音速旅客機に拡張し、技術成熟度を高めてきた。2020年度から始まった革新環境航空機技術の研究開発(iGreen)事業では、実機の飛行条件を模擬した風洞試験によって層流翼設計効果を実証することを計画している。

また、層流を維持するために必要となる機体表面をクリーンに保つ高洗浄性塗料の研究開発や、粗さに関する製造指標の策定などを行う。自然層流設計技術を早く社会実装し、持続可能な社会の実現に貢献していくことが我々の悲願である。

層流翼設計効果の検証試験(JAXA2mx2m遷音速風洞)


※本コラムは2020年12月時点の情報となります。

境界層の乱流遷移および自然層流翼設計に関する研究に従事。2016年より現職。学習院大学客員教授・青山学院大学客員教授。日本航空宇宙学会・日本流体力学会フェロー。日本流体力学会学会誌編集委員長。

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 航空技術部門航空システム研究ユニット 研究領域主幹
徳川 直子

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