2021.9.27
航空機の風洞試験では、模型にかかる空気力(揚力や抵抗)を「天秤(てんびん)」で計測する。我々のいう天秤とは、風洞模型の内部に装着して空気力によるたわみをひずみゲージによって電圧に変える、いわゆるロードセルである。航空機の風洞試験に使用される天秤には、特異な要求が課される。
細長い天秤には垂直に大きな力(揚力)がかかり、その状況の中で小さな軸力(抵抗)を精度良く測れなければならない。その特異性ゆえ、何十年も前から風洞試験技術の課題の一つとして研究され続けてきた。
約15年前、風洞ユーザーから、天秤による抵抗係数の計測精度を「1カウント」以内にしてほしいという要求があった。「1カウント」の抵抗減は同燃料で2-3人の乗客増をもたらし、航空機の経済性を左右する重要な指標となる。当時、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の風洞では温度の影響もあり20-30カウントの精度でしか測れず、計測手法・天秤技術の見直しを余儀なくされ、独自に天秤設計を行うこととした。
我々は、海外で複雑化していた天秤形状をあえてシンプルにし、主要な応力を瞬時に計算できるようモデル化を試み、表計算ソフトで簡単に基本設計ができるツールを開発した。これにより設計の効率化、天秤の低コスト化・最適化を実現した。
次の問題は「較正」であった。天秤に既知の荷重を負荷した時にどれくらいの電圧を出力するかをあらかじめ計測しておく必要がある。当時は、メーカーが手作業で錘(おもり)を負荷していたため、1-2カ月程度の期間が必要であった。
そこでJAXAは全自動で行える高精度の装置の開発を計画し、その厳しい技術要求に対し川崎重工業が独自のアイデアで世界トップレベルの精度を誇る自動較正装置を作り上げることに成功した。この装置によって準備・撤収も含め数日で較正が可能となった。
装置の開発から10年がたってようやくJAXAでの較正技術が成熟してきた。機械の調整を全てマイクロメートル(マイクロは100万分の1)単位で行う必要があるが、装置を設置したコンクリートが室内湿度変動に反応して1日数マイクロメートルの幅で動く問題を解決するのに約3年かかった。さらに、アクチュエーターの荷重点が毎回数マイクロメートルズレる原因をみつけるのにも約3年費やした。ここ数年は、同じ天秤の取り付け・取り外しを何十回と繰り返し、装置への装着が数マイクロメートル以内で再現できるよう治具の改良を進めてきた。
現在は、JAXAオリジナルの天秤で「1カウント」以内まで精度を高め、高性能の航空機開発に貢献できるようになった。
今後予想される多様な風洞試験においても、信頼度の高い空気力計測ができるよう天秤設計・較正技術の最適化の研究を続けている。
風洞模型に装着された天秤
※本コラムは2021年7月時点の情報となります。
1988年航空宇宙技術研究所(現JAXA航空技術部門)に入所。95-96年米カリフォルニア工科大学客員研究員。入所以来、風洞設備および風洞試験の高精度化・高効率化に従事。博士(工学)。
航空技術部門 空力技術研究ユニット
研究領域主幹
須谷 記和