静粛プロペラ(Looprop)の初飛行デモ
―御殿場市の空間情報技術試験フィールドで実施―

令和3年7月28日、静岡県御殿場市の空間情報技術試験フィールドにて、新たに開発したドローン用静粛プロペラ(Looprop)の初飛行デモを実施しました。Loopropは昨今の小型航空機による物流網など、マルチコプターによる輸送力の向上を目指す研究に先駆け、人の生活圏内でも「静か」で「安全」にドローンが飛行できる社会を目指すために開発された新しいプロペラです。
今回は、開発者である次世代航空イノベーションハブの嶋英志と、実際にLoopropを操縦いただいた日本DMC株式会社の小栗幹一氏にお話しを伺いました。

  • 空間情報技術試験フィールド

  • Looprop換装ドローン

― Loopropは独特な8の字形状をしたプロペラです。この形状に着目されたきっかけを教えてください

嶋:近未来のドローン等の活用拡大のために航空機プロペラの音をなんとか静かにしたいというのが発端です。プロペラの静音性を高める方法は研究が進んでおり、何種類か知られています。1つは、例えば4枚ブレードの場合、プロペラの角度を90度ごとの等間隔ではなく、70度と110度にするなど設置角度を不等間隔にする方法です。これにより高周波の倍音が分散されます。もう一つはプロペラを渦巻き状にねじる方法で、一般的には換気扇のファンや船のスクリューなどがこの形状になっていますね。しかし、現行の飛行機やマルチコプターのプロペラは湾曲しておらず、直線になっているものがほとんどです。これは、翼が非常に高速回転するため、曲がっているプロペラでは構造的に持たなくなってしまうことから、直線にせざるをえないのです。Loopropは8の字形状にすることで回転中、プロペラに応力が発生しづらく、高速回転をしても変形しづらい力学的構造を有することに成功しました。この仕組みは長い鎖の両端を持ち、垂らした時にできる懸垂線と同じことで、Loopropは重力ではなく遠心力で形状を保っています。また同時に不等間隔プロペラの効果も持っています。

―Loopropの具体的な効果を教えてください

懸垂線の原理を用い、張力のバランスのみで遠心力とつり合わせ、曲げ・せん断を発生させない。常微分方程式の数値解により形状を決定

嶋:まずは、「静音効果」です。翼型を湾曲させることで、プロペラが発生する圧力変動が緩やかとなり、パルスの発生が抑えられることで音圧が低下し、同時に高周波数側の騒音が低減され、甲高い音が緩和します。Loopropと従来のプロペラを比較すると、3〜5dB、音響エネルギーの割合では1/3〜1/2ほど静音性が向上しています。
もう一つは「変形抑制効果」です。プロペラが回転すると回転前方の翼では空気力によりでねじり下げが生じ、逆に後方の翼ではねじり上げが発生し本来の性能が発揮できません。そこで、ねじり上がる前方とねじり下がる後方の翼の先端を結合することで変形を打ち消す構造を設計しました。これにより回転中の翼の変形が抑制されます。また、プロペラが高速回転すると遠心力で曲げや、せん断力による翼の変形が生じますが、Loopropは懸垂線の原理を遠心力に適用し、遠心力に対してループの張力がバランスするように設計しています。
またプロペラ製造に利用する材料の自由度も向上しました。今回の実証実験では「3Dプリンタ」で製作したナイロンを利用しておりますが、回転の遠心力に耐えられる引っ張り強度を保てば、ビニール系の柔らかい材料でも利用できると考えています。通常のプロペラは堅く、先端は鋭利に尖っており、ナイフが回転しているようなもので、重大な接触事故の危険性がありました。しかし、8の字形状による鋭利さの減少と材質の自由度から、安全面にも寄与できるのではと期待しています。また,これによってプロペラの消耗率を軽減する可能性もあります。今後は材質や安全面も視野に入れ、さまざまな検証を試していきたいですね。

―Loopropを現場で利用する時の想定できるメリットを教えてください

小栗:私たちは現場でドローンの操縦訓練を行う機会もあり、近隣に居住する第三者の近くで飛ばすケースも多々あります。これら一般の方も含めてプロペラの音が大きいと恐怖を感じることになると思いますので、そういった方々に向けて、静音性の向上はメリットがあると感じます。また、静音の技術は、物流による活用や空飛ぶクルマなど、将来的にもマルチローター型の機体に活躍する場は広がっていくと考えています。一方で、人の生活に、より身近になるためには「静音」と「安全」は重要なキーワードと考えております。その点からもLoopropには大きな魅力があり、操縦させていただいた手応えとして、プロトタイプのプロペラであることを踏まえて安定性が非常に高いと実感しました。私としてはこれから発展するモビリティの世界をJAXAさんと一緒に見ていきたいですね。

嶋:小型の航空機による物流網など、マルチコプターによる輸送は、研究が盛んになっており、今後ますます発達すると考えられます。しかし、Loopropによって静音性は向上しましたが、今のままでは静かな環境で飛ばすにはまだ支障がある段階であることも認識しています。例えば、ジェット機が世に出てきた時には大変にうるさく、30年間かけて30dBほど減少して行った経緯があります。同じように、マルチコプターも人の近くで飛ばせるようになるには、20〜30dBくらいの減少が必要でしょう。Loopropをこの前例と同じような技術進歩の一歩目にできればと考えています。

左:日本DMC株式会社 代表取締役 小栗 幹一氏
右:JAXA 航空技術部門 次世代航空イノベーションハブ 特任担当役 嶋 英志


初飛行デモの様子

  • 換装の様子

  • Looprop(左)と通常のプロペラ(右)

  • 初飛行デモ

  • 飛行の様子

2021年8月更新


最新のベテラン、中堅研究者インタビュー

記事一覧