文武不岐とアナロジーの話

JAXAメールマガジン第204号(2013年8月20日発行)
立花繁

今回は研究紹介ではなく、研究への取り組み姿勢や物事の考え方に関して思うところを述べます。
仕事、勉強、家事、趣味などに対して、メルマガ読者の方々も、その人それぞれいろいろな取り組み方法をお持ちかと思います。私の場合は、幼少期から大学生時代まで打ち込んだ“柔道”を通して学んだ姿勢が、物事に臨む際の基本となっています。大学生の頃、月刊の柔道雑誌に連載されていた青山雄二氏の「柔道時評」という辛口なコラムに人気があり、私も愛読者の一人でした。このコラムに「文武不岐(ぶんぶふき)」という言葉が登場したことを記憶しています。文武両道ではなく文武不岐。両道といったら途端に道を分けることになる。そうではなくて文と武を分けないのだ。シンプルに解釈するとこのようになります。毎日朝晩、厳しい稽古に明け暮れる学生生活。柔道も勉強も両方やるのは大変だなあと悩んでいた者にとって、文武不岐という言葉はとても鮮烈でした。二つを別々のものと考えるのではなく根っこは共通しているのだ、と意識して捉えるようになったのです。
文と武とは、私にとっては、研究と柔道のことであり、仕事と私生活のことです。更には同じ研究であっても、自分の専門分野と他分野のことと解釈することもできます。柔道を一所懸命にやっていれば自動的に勉強ができるようになるとか、ある専門分野を突き詰めれば他の分野まで自動的に理解できるようになる、というような都合の良いことはありません。しかし、物事の考え方とか取り組む姿勢には、全く異なる事柄に対しても共通点があることは、誰しも経験上認識しているところだと思います。稀に何でもできる万能な人がいますが、意識しているかどうかは別として、その人は文武不岐を実践しているのではないか。そう思うことがあります。

文武不岐の実践にとても役立つのがアナロジーという手法です。アナロジーとは、物事の間の相似点を考えることであり、裏返せば相違点を考えることでもあります。アナロジーは、自分に馴染みない事柄を理解しようとする時の助けとなります。この分野ではこのような言葉を使っているけど、自分の専門分野で言えばこれこれのことなのだな、というような理解の仕方です。また、自分の専門分野をわかりやすく伝えるのにも有効です。  私が現在取り組んでいる研究テーマの一つに「ジェットエンジン及びロケットエンジン燃焼安定化のための高速OH-PLIF計測」というものがあります。タイトルだけを聞いても何のことかピンとくる人は少ないはずです。燃焼安定化とは、エンジン燃焼器開発で主要な技術課題となっている燃焼振動(JAXAメールマガジン第196号のコラム参照)を抑えることを意味しています。OH-PLIF計測(注1)とは火炎の断層写真を撮影する計測技術のことです。ここで、医療分野のアナロジーを用います。例えば、脳に異常の疑いがある場合に、X線CTやMRIによって脳の断層写真を撮影し、ここに出血があるとか、ここに脳梗塞の疑いがある、などと問題箇所の特定を行います。その情報を元に投薬や手術によって問題を除去しようとします。問題の所在を特定する画像診断技術は医療において必須の技術でしょう。燃焼安定化における高速OH-PLIF計測は、医療分野における画像診断の位置付けに等しいのです。燃焼器の中のどこに燃焼振動を発生させる問題(原因)があるのか、火炎断層写真の解析から問題の所在を特定し、振動を鎮めるための指針を立てて、燃焼器の設計(燃料噴射孔の位置や旋回羽根の角度など)に反映させるのです。

アナロジーはいろいろな場面で役立ちます。どこが似ているかを考えると同時に、どこが違うのかを考えることも同じくらい重要なポイントです。よいアナロジーが得られたときは何とも嬉しいものです。あなたも文武不岐やアナロジーを楽しんでみませんか?

(注1)※PLIF(Planar Laser Induced Fluorescence:平面レーザー誘起蛍光法):着目する分子固有の波長のレーザーシートを火炎に照射して分子の電子エネルギー状態を励起し、分子が電子励起状態から基底状態へと遷移する際に発するフォトンを検出する手法。燃焼反応の中間生成物であるOHラジカルを対象としたPLIFをOH-PLIFと呼ぶ。