航空機の安全性~翼の強度試験成功!……でもあんまり喜んでいない。なぜ?~

JAXAメールマガジン第209号(2013年11月5日発行)
薄一平

こんにちは。JAXA航空本部の薄(すすき)一平です。前回のコラムで自己紹介させて頂きましたが、私は「破壊」に軸足を持った研究を進めてきました。
昔の話ですが、航空宇宙技術研究所(現在の調布航空宇宙センター)の一般公開日に「説明員」というバッジをつけ、自分たちの研究成果を熱く語っていました。ある時、最前列の熟年女性のグループに「…そうなの、飛行機って怖いのねー」「本当ねー」っとまとめられたことがありました。頭から冷水でした。「何を伝えるか」より「どう伝えるか」の方が遥かに大事なこともあると教えられました。「安全性」はありとあらゆる事態を想定して「破壊」データを蓄積して追求していきます。その研究成果は「無事に」航空機が飛んでいる限りほとんど誰もわかりません。目にも見えませんから。

主翼の強度を保証するために「静強度150%3秒ルール(適合試験)」と呼ばれている試験が行われます。構造物が「航空機」として認定されるための不可欠の証明試験です。パイロットが運用中に機体に負荷しても良い最大荷重を「制限荷重」といいます。これが「100%荷重」です。主翼はこの荷重の50%増し、150%の荷重に3秒間は耐える翼であることを証明しなければならないというルール、これを実証するのです。この極限荷重を「終局荷重」と言います。「150%荷重」です。
試験ではゆっくりと主翼を上に曲げていきます。翼のまさに羽交い絞めです。100%荷重の時、400人乗りのボーイングB777型機では翼の先端は普通よりも6mも上に曲げられています。胴体の天井高さを優に越えて変形しています。こんなに翼がしなう飛行を体験した乗客は、ほぼいません。その50%増しの負荷に耐えること、というルールは厳しすぎると感じますか、それとも妥当ですか?
試験は淡々と「146%…147%…」と張りつめた空気の中進められていきます。そして「150%達成…1、2、3」。ここで「試験成功!やったー」と試験を見守る関係者大喜び!となるはずです。しかし、例えばB777型機の試験の映像を見ると、歓声と拍手は起こりましたが、すぐに消えてしまいました。それほど喜んでいません。なぜ? 「ボーイングの技術者は素直でない」、「達成は日常的で当たり前だから」ではありません。
実は試験は継続していました。「151%…」、B777の試験では「153%」とアナウンスされた直後に主翼が大音響と共に破壊しました。ここで初めて大歓声、大拍手、抱き合って大喜びでした。関係者誰もが「破壊」を待っていたのです。設計通りの強度と破壊の実証を待っていたのです。壊れないことが「安全」とは言いきれません。設計通りに壊れることがより重要なのです。

では最後に、「100%荷重」を超えた荷重を負荷して事故を未然に防いだ例は過去にあったと思いますか?……またの機会に。