逆転の発想(後編)

JAXAメールマガジン第232号(2014年11月5日発行)
飯島朋子

「何か壁にぶつかったら逆転の発想で切り抜けたい!」
前回メルマガでは逆転の発想の例をご紹介し、自分もDREAMSプロジェクトチームのLOTASLOw-level Turbulence Advisory System)(※1)の研究開発(LOTASについては第220号のメルマガも参照してみて)でちょっとした逆転の発想を取り入れてみたんですよ! というところで終わりました。今回は逆転の発想を取り入れたLOTASの機能についてご紹介したいと思います。

その機能とは??
着陸経路上の正対風情報をリアルタイムで地上からデータリンク装置を介して航空機に送るというものでした。「なんだ、そんなこと? 誰でも思いつくよね。それに今までそんな機能もないの? 航空機って遅れているのですね。」と皆様の非難の嵐が聞こえてきそうです。

いや、そういった機能はあるにはあるんですよ。
旅客機に地上から送れるデータ通信はACARS(Automatic Communications Addressing and Reporting System)(※2)という媒体を介したテキスト情報に限られていました。
テキスト情報を送ることについてパイロットからは、「文字情報(例:正対風が✲✲で✲✲KT(ノット)変化してます)で送られてもね~。忙しい航空機の進入・着陸フェーズに文字を見ても頭に入ってこないよ。直感的にどの高度帯で風が変わっているのかを知りたい。そうでないと、ブリーフィングにも操縦にも役に立たないよ。」とのこと。
時間があれば地上から送られてきた文字情報をじっくり見て風の状況を解読できるのですが、着陸フェーズではパイロットは忙しく負担も高くなるので、なかなか文字情報で早く正確に状況をつかむことには困難を極めました。

地上で見られるLOTASのグラフィカルなWeb情報(※1)(※3)は直感的にどの高度帯で正対風の増減があるかを認識できるので、この画像情報さえ航空機に送ることができれば、パイロットは直感的に風の状況を把握できるはず、何とか航空機に送れないかを考えてきました。

どのようなデータリンク装置なら旅客機でも認められるのか? 消防・防災などで使われているイリジウム通信を用いて旅客機にも画像データを送れないか? 画像データは大きいので画像の圧縮方法は? データが大きいと送信時間がかかりすぎて情報は役立つものにならないのをどうするのか? コスト・認証に何が必要か? など検討を重ねました。
ただ最近は大分緩和されたとはいえ、現段階の日本では法律で認められているもの以外、地上からの航空機(旅客機)へのデータ通信は認められないという縛りは何ともなりませんでした。皆様も飛行機に乗ると、「離着陸時は全ての電子機器をお切りください。」と言われた経験があるかと思います。

データ通信の縛りが法律上緩和されるまで航空機に正対風のグラフィカルな情報を送るのは無理かと諦めかけていたところ、あのNASAでの見学を思い出しました。
「いや、待てよ。何か方法があるはず。そうだ! 画像を航空機に送れないなら、ACARSで使えるテキストを使って、正対風のグラフィカルな情報を作れば良い。」とちょっとした逆転の発想をしてみました。今まで「画像をいかに航空機にデータリンクで送るかを考えていたのを、航空機の今ある装置で画像っぽい情報を見せる方法を考えてみよう」と発想を転換したのです。

ということで前置きが長くなりましたが、出てきたものは単なる「絵文字」で書いたテキスト情報。ACARSではテキスト情報しか使えないため、テキストを使って画像やグラフを表現する、つまり絵文字を駆使して、直感的に風の状況が認識できそうな正対風のグラフィカルな情報を作り出しました。

どんな絵文字というかグラフにご興味のある方は、文献(※1)や文献(※3)をご参照ください。ホント、これを見ただけでは、誰でも思いつきそうな何の変哲もない絵文字の羅列です。でも、絵文字で書いたACARSのテキスト情報というのは私の知る限り世界中どこを探してもなく、これが航空会社の好評を得ることになるとは私自身も意外でした。
ACARSに書ける文字数や使っても良いテキストは限られていたので、正対風がどこで変化していそうかを限られた文字で直感的に表現するのに、パイロットの方にインタビューを繰り返しつつそれなりに苦労して作りました。
また、LOTASでは画像情報を自動でACARS送信用のテキストに変換する「ACARSテキスト変換機能」というものも開発しました。これで運航管理者の方がいちいちテキストを打つ手間も省けるというものです。

この絵文字の正対風情報を航空会社において評価運用した結果、「経路角、速度、パワーコントロールの計画が可能になりました」、「ウインドシアを予測しながらの操作が可能になりました」等多数のご好評をいただき(※3)、どうやらこの「LOTASグラフィカル情報のACARSテキスト変換機能」も気象庁で作るシステム(ALWIN(※1))での採用を検討していただいております。

というわけで、日本では法律や予算の現実の制約の中で直接的なことができなくて残念! なんて諦めないで、逆転の発想で工夫して切り抜けよう! ということと、我ながらの逆転の発想は誰でも思いつきそうで実は今までなかったLOTAS ACARSテキスト変換機能を産み出しましたということでした。