回転翼機の発展の歴史-航空機として飛ぶ工夫(6)-

JAXAメールマガジン第245号(2015年6月5日発行)
齊藤茂

こんにちは、ヘリコプターを研究している齊藤茂です。前回はヘリコプターの環境適合性について話をしました。エンジンが排出する各種の気体成分に関する大気への影響については、エンジンの専門家に任せることとして、騒音について話の続きをします。

ヘリコプター騒音に関しては、ICAO(国際民間航空機関)の騒音基準があり、新型の機体は全てその基準をクリアしなければなりません。騒音基準の中で、最も厳しい基準は着陸時における騒音規制です。
前回、色々な騒音源のうち、ローターから発生する音が最も顕著であるという話をしました。ヘリコプターの高速化に伴い、ローター、特に前進側のブレード上で発生する衝撃波による騒音は「高速衝撃騒音(High-Speed Impulsive Noise)」と言われます。この騒音のほかに、皆さんがよく耳にする音で「ブレード-渦干渉騒音(Blade-Vortex Interaction Noise(以下「BVI騒音」))」と呼ばれるものがあります。

この音は、文字通りブレードと渦が空力干渉することによって発生するものです。この渦はどこから発生するのでしょうか。航空機が空を飛ぶとき、自重を支えるために翼に上には揚力(通常重力と反対方向の力)がなければなりません。この揚力が発生することと翼の周りに循環と言う一種の渦が発生することは等価です(クッタ-ジューコフスキーの定理)。この渦が翼の周りに発生すると翼端の所から束になって後方に渦が流れ去ります。この渦は翼端渦と呼ばれ、比較的狭い領域に集まって翼端から放出されます。空港周辺では、ジャンボ機から出る翼端渦(後方乱気流)が後続の航空機に影響を及ぼすため、航空機の離陸間隔が航空機の大きさによって一律に規定されているのはこのためです。

ヘリコプターにおいても、各ブレードの翼端から翼端渦が発生しています。この渦は、外から見ているとらせん状の形を取りながらローターの吹き下ろしによって下方に下りてきます。一旦翼端から放出された翼端渦は、外界の大気の状態に影響は受けますが、翼端から放出された直後ではほぼ強さや形状を維持したまま下方に流れ去ります。ヘリコプターが水平飛行や上昇飛行をしている場合には、通常ローターは放出された翼端渦と出くわすことはありません。しかし着陸時など機体全体が下方に動いているときは、ローターも下方に動き、時としてブレードから放出された翼端渦と出くわす場合があります。ブレードと翼端渦がブレードのある部分で衝突をすると、ブレードの上では瞬時に揚力の変化が起こります。音が発生する現象は、空間のある部分において圧力の変化が発生した時の変動が空気中を伝わって人間の耳に到達することで音が聞こえるわけです。

このブレード上に発生する音は、どの様な間隔で発生しているのでしょうか? これには、ブレードの枚数が関係します。通常4枚あるヘリコプターを考えます。ローターは、1分間200回転くらいで回っています。これは1秒間に4~6回転することを意味しており、ローターの1回転の間に4枚のブレードが翼端渦と衝突するので4回衝突することになります。時間で言うと0.25秒のうちに4回音が発生していることになります。このように非常に短い時間の間に急激な圧力の変動がおこるわけです。このため衝撃騒音と呼んでいます。この音はいったん発生すると、太鼓を急激に叩いた音のように連続的に聞こえます。ヘリポート周辺では、このような音が絶えず聞こえるので、人によっては不愉快な音として厄介がられます。このBVI騒音は、必ずしも離着陸時だけではなく、水平飛行をしているヘリコプター(特にタンデム型ヘリコプター)でも発生します。これはまわりの大気(特に風)の状態にも左右された結果です。

ヘリコプター研究の中でもこれらの騒音の軽減が重要な研究対象として世界各国(特に研究機関)で取り組が行われています。我が国においても、通産省(現在経産省)の下にあるNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発において、川崎重工業(株)が中心となって設立した研究組合ATIC(Advanced Technology Institute of Commuter Helicopter)が世界でいち早くこのBVI騒音の低減法についての総合的な研究開発を行いました。このATICの研究の後、世界の各研究所が後を追うごとくBVI騒音低減法の研究開発を推し進めたのは記憶に新しいことです。次回は、この研究の成果としてBVI騒音低減法に関する世界の動向について話をしたいと思います。