エンジンの耐空性試験[第2話]

JAXAメールマガジン第287号(2017年4月5日発行)
柳 良二

次に携わったのは、エンジンの鳥吸い込み試験である。航空機のエンジンが鳥を吸い込む事故としては、2009年にニューヨークのラガーディア空港を出発したエアバスA320型機が、離陸直後にカナダガンの群れに遭遇して複数の鳥が両エンジンに吸い込まれ、全エンジンが停止したニュースを覚えておられる方も多いであろう。あの時は、機長の冷静かつ的確な操縦により凍ったハドソン川に緊急着水して一人の死者も出さなかった。しかし、羽田空港を利用した方なら、空港に沢山の海鳥が飛び交っている光景を見ているであろう。空港での離着陸時におけるエンジンへの鳥吸い込みは避けられないのだ。そのため、エンジンの鳥吸い込み試験は、耐空性証明として欠くべからざる試験であった。

試験は航空宇宙技術研究所角田支所の屋外エンジン運転試験場で行われた。新人の私は監視要員という役割こそ与えられたものの、単なる見学者として試験を見る機会を与えられたに過ぎなかった。先のバーナー試験といい、この鳥打ち込み試験の監視要員といい、まさにOJT(On the Job Training)そのものであった。ジェットエンジン技術は、機械工学や気体力学など広範な分野に及ぶ知識が必要であり、単に大学で学んだだけの知識では足りず、現場での経験が必要と上司が判断したのであろう。

私が実験場に着いた時は、既に試験の準備が進んでいた。FJRエンジンは実験場の中央の運転架台の上に設置されており、その前に直径15cm程度、長さ5mくらいの黄色いパイプを7本束ねた鳥打ち込み装置が置かれていた。実験人員は原動機部の研究員とメーカーの技術者など数十人は居たであろうか、エンジン回りではメーカーの人たちがエンジンの最後の点検をしており、鳥打ち込み装置の周囲では打ち込みの準備が行われていた。エンジンの前脇では、鳥がエンジンに吸い込まれる瞬間を撮影するための巨大なドラムを持った超高速撮影装置と巨大な複数の投光機の設置が進んでいた。まだ、高速ビデオカメラが無い時代であったから、撮影機はフィルムを使用するものである。高速撮影には当然高速シャッターが必要であり、またフィルムのASA感度が低いため強い照明が必要なのであった(※)。また、その他に民生用ではあるが幅広のテープを使うベータマックスのビデオカメラが試験の全景を撮影できるように設置されていた。その日は抜けるような青空広がる晴天であった。

さて、いよいよ準備も整い最終点検ののち、試験要員は全員建屋の中に退避した。私は試験場に向いた窓から試験を見張っていた。同じ部屋にエンジン制御盤があり、その前にエンジン操作員が真剣な面持ちでスロットルを握っていた。その脇には非常停止用の大きな赤いボタンか置かれている。エンジン始動のカウントダウンののち、彼が数個のスイッチを操作すると、エンジンを回すエアースターターの音がシューと聞こえて来て、スロットルを上げると同時にエンジンの燃焼器が着火して低音のエンジン回転音が聞こえ始めた。エンジンがアイドル状態に成ったときに加速を一旦停止し、「全点計測」の声が響き、計測要員がエンジンの状態の計測を開始した。その後、徐々にエンジンの回転数を上げていく。それまでの低音の回転音にファンの発生するバズソー音が混じり出す。さらに回転を上げると、ジェット騒音の音が高まり、ターボエンジン特有のキーンという音に変わる。鳥打ち込み試験に指定された最大回転数に到達すると、再度全点計測が行われて鳥打ち込み試験の最終確認が行われた。高速度撮影機材の照明装置が点灯した。

ドーン、という轟音と共に鳥打ち込み装置から鳥が打ち出され、エンジンに吸い込まれた。突然の静寂があたりを覆う。FJRエンジンは不意の事態に驚いて息を潜めているかの様に、黙ったままである。固唾を飲んで見守る試験要員の緊張が最高潮に達した時、ギューンという音とともに、FJRエンジンの回転は再び上昇をし始めた。FJRエンジンは死んでいなかったのである。エンジン回転数計を監視していた監視員が「ヨーシ」、という声を発した。そして操作員がスロットルを引いてエンジンを停止させた。皆の顔に笑顔が戻った。

エンジンの完全停止を確認したのちに、安全点検要員がエンジンをチェックに行き、燃料漏れなどの危険の無いことを確認してから、全員でエンジンを見に行った。鳥を吸い込んだファンは曲がったり、変形したりしていたが、折損している翼は無かった。ケーシングには翼がこすった傷跡が無数についていた。エンジン後方には大量の白い羽が傾いた午後の日差しを受けてひらひらと揺れていた。試験結果は、耐空性審査要領が要求する「火災、破裂、エンジンを停止させる機能が失われないこと」を完全に満たしていた。

続く。

照明装置の背後に黄色い鳥打ち込み装置が写っている。このような装置は航空宇宙技術研究所のFJRの試験以降は、防衛省のF7で行われているが、この色と砲身先端のサボキャッチャーは当時の原動機部が考案製作した鳥打ち込み装置に間違いは無い。F7用は白か灰色だったと記憶している。なお、この写真で見ると砲身は金属のままで、先端のサボキャッチャーのみが黄色く塗られている。私の記憶では黄色い鳥打ち込み装置が脳裏に浮かぶのだが、記憶とは怪しいものである。