バブルでもって、ゆとりの操縦(後編)
JAXAメールマガジン 第298号(2017年9月20日発行)
飯島朋子
「ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」のサラリーマン川柳第一位(※1)の話を発端として、前回メルマガでは、航空機搭載型のドップラーライダー(以下、ライダー)を使った「バブル」と呼ぶ、コックピット計器表示情報を考案した話を途中までさせていただきました。
今回は、この「バブル」についてお話したいと思います。

予測時間の異なる予測速度を複数表示させて、速度が今後どのように変化しそうかをパイロットに認識させて、効率的な速度制御を促すコンセプト(※2)。それが、我々がバブルと名づけた楕円形表示です(図1参照)。
何故バブルかって?
予測速度を楕円形で表示させているため、バブル(泡)のように見えるからです。このバブルは、共同研究先の東京大学の上村客員研究員のアイデア(※3)から始まりました。例えば、図1には3つのバブルが表示されていますが、左から、5秒後(赤)、10秒後(白)、20秒後(黄)の速度です(色は普段白色ですが、ある速度域になると赤や黄色に変わります)。ライダーでは、航空機前方に存在する遠くの気流(遠隔気流)が測れるため、距離を時間に変換すれば、航空機がこれから通過する際の未来の速度が分かるわけです。このバブルを生成するアルゴリズムを、自動操縦装置のアルゴリズムとして使うのもOKです。そうなれば、今までは現在の航空機の加速・減速を基にした自動操縦装置でしたが、遠隔気流の情報まで考慮してしまうため、操縦に無駄がなくなります。装置にも優しくて、効率的~!
と、ここで「何でわざわざバブル型にしたの? 設計者の趣味ですか?」なんて、皆様からの声が聞こえてきそうです。
バブル型にしたのには理由があります。
バブルの真ん中は平均速度、縦幅は速度の変動幅を示しています。
例えば、バブルの縦幅が大きかったら、今日は速度の変動が大きい、だいぶ気流が変化しているなと認識させることができます。変動をみて、「今日は、揺れそうだな~」とか、「速度制御に注意しよう。」といった、心構えをパイロットに持たせることができるのです。
「でも、何故3つなの? 情報が多すぎて、余計にパイロットの負担を増やしてしまうことはないですか?」との皆様の疑念の声も聞こえてきそうです。
我々も、情報過多にならないか最初は心配しました。
でも、パイロット評価実験を行ってみると、意外に風の変化傾向を直感的に認識できて操縦が楽になるとのこと。よく話を聞いてみると、パイロットは、一つ一つのバブルに着目するのではなく、3つのバブルをグラフのように一つの情報として認識しているらしいことが分かったのです。
一つの情報として速度の変化傾向を認識してもらうために、バブルを点線でつなぐという工夫が功を奏したようです。
実は、私自身も最初はバブル表示に疑問を持っていたのですが、いざ操縦してみると、あら不思議? 操縦が簡単に!!
車でいえば、前方の道路が右にカーブしていて、その先は左にカーブしているといった、先の情報が絵的に分かるので、早めに運転操作の手を打てることになります。
例えば、
- 5、10、20秒後に段々と減速(バブルが下がってくる)する表示→早めに加速しておこう

※ 一番左の丸は、現在速度です。
- 5秒後に増速(向かい風)、10、20秒後に急激に減速(追い風)の(バブルが上にいったかと思ったら、急に下にいく)表示→来るべき追い風に備えて速度を高めに維持、マイクロバースト(※4)パターンを予測し、着陸復行に備えよう!

このマイクロバーストと呼ばれる風の急変のパターンで、航空機事故が発生したこともあり(※5)とても危険です。速度が増速したと思ったら、急激に減速して、そこで推力を増しても追いつかず、滑走路に激突してしまうのです。
- 5、10秒後の速度は比較的変わらなくて、それ以降20秒後に急激に減速。バブルの縦幅も広がる表示→風の急激な減速と乱れに備えて、速度を高めに維持。着陸復行の準備をしよう!

等々、予め手を打てるわけです。
まさに、バブルでもって、ゆとりの操縦の実現です!
エアラインパイロットや、航空会社の協力で、バブルによる操縦を模擬的に試してもらった結果、
「スピードトレンドベクターだけの通常計器だったら、風の変化が読み取れなくて着陸復行したけど、バブルがあると、速度制御が容易になります。」
「ある程度のラフエアー(悪気流)や、シア(風速や風向に急激な差が起きる状態)で表示されれば役立つ。ぜひ、実用化してほしい。」
「ほとんど訓練しなくても直感的に分かりやすいからすぐに導入可能。」
「次に乗務に戻ったら、自分の飛行機にはバブル表示ないのか~。あ~残念(ジョーク)!」
などの高評価をいただきました!
というわけで、航空機搭載型ドップラーライダーは着陸進入中に事故に至りそうな乱気流を避ける目的だけではなく、普段の操縦に十分使えることが分かり、プロジェクトの中でも世界初の成果として認められたのでした。

そんな成果が認められた矢先、
「ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」のサラリーマン川柳第一位作品(※1)が発表され、ふと、
「バブルにて ゆとりが出るね 操縦に」との川柳を、思いついてしまったのでした(汗)。
今後のライダーの、バブルの実用化に思いを馳せつつ、また次のスッテップ(※6)で研究者川柳を詠む自分自身を描きながら。
おあとがよろしいようで。
- ※1:サラリーマン川柳、第一生命保険株式会社 ※外部サイトへリンクします
- ※2:飯島朋子、又吉直樹(宇宙航空研究開発機構)、ヨルグ・オノ・エントジンガー、上村常治(東京大学)、航空機搭載型ライダーを用いた速度情報表示の開発・評価、第54回飛行機シンポジウム、2L03、2016、10月、富山 ※外部サイトへリンクします
- ※3:上村常治、ヨルグ・オノ・エントジンガー、森亮太、鈴木真二:測定した遠隔気流情報(LIDAR情報)を活用した、速度制御のための推力設定方、第54回飛行機シンポジウム、3H04、2016、10月、富山 ※外部サイトへリンクします
- ※4:マイクロバースト ※外部サイトへリンクします
- ※5:Anonymous, Aircraft Accident Report: NTSB / AAR-82/02, NTSB, 1983.
- ※6:JAXAとボーイングが航空機の安全性向上で協力。JAXAの晴天乱気流検知システムをボーイングの試験機に搭載
- JAXAメールマガジン第297号「バブルでもって、ゆとりの操縦(前編)」