ショウジョウバエの飛び方に学ぶ(1)

2018年10月22日

杉浦裕樹

イモリの手の粘着力、ハスの葉の撥水性、クモの糸の頑健性など、近年様々な分野において、生物を模倣することにより新しい技術開発のブレークスルーとする取り組みが始められています。航空宇宙の世界でも、革新的な技術を生み出すべく、「生物に学ぶ」試みが積極的に進められています。例えば、ハチドリのホバリング(空中停止)能力、人間の皮膚の自己治癒能力の機体材料への応用(機体材料中に埋め込まれたマイクロカプセルによる亀裂修復)などです。こうした生物模倣の取組みの中で、筆者が注目したのは、昆虫の飛行制御能力、すなわち、どんな状況においても、「落ちない」飛行をする能力です。皆さんにもご記憶あるでしょうが、手の中のコガネムシを空中に擲っても、そのまま何事もなく飛び去ったり、食べ物に何度もまとわりつくハエはひらひらと身をかわし、どうしても手で捕まえられません。こうした昆虫に見られる高度な飛行能力はどのように制御されているのか、またそれを航空機へ応用できないか、と考え始めたのが研究の出発点でした。とはいっても、筆者は昆虫については全く門外漢。何か参考になる資料はないかと捜していた時、出会ったのが生物学の見地から昆虫の飛行制御について書かれた論文でした。論文の著者は生物科学者で、昆虫の飛行制御の研究を精力的に進めていた、カリフォルニア工科大学のディッキンソン教授でした。筆者はすぐに同教授に連絡をとり、共同研究を願い出て、幸いにも快諾いただきました。ここでは、本研究室に滞在した際に行った実験について紹介します。

実験に使うショウジョウバエは、カリフォルニア工科大学の生物系研究室などから、50匹分の卵と培地が入った透明なプラスチックボトル(350ml缶サイズ)でもらってきます。ボトルの中の蝿は完全無菌状態で育てられます。蝿は2日後に羽化し、ボトルの中を飛び回ります。実験する際には、羽化後1~2日のメスのみを使用します。メスの方がオスより体が2倍近く大きく、ずっと活動的だからです。ハエをボトルから試験管に移し、この試験管を10分間、摂氏3~5度程度に冷やします。温度が低くなると、ハエはじっと動かなくなり麻痺状態になります。

実験の際には自由飛行を観察する場合もありますが、昆虫を金属棒に固定した状態で羽ばたきを観察する場合が一般的です。試験管の中から羽を傷つけぬようにスポイトでハエ1匹を取り出し、冷却された台の上に置きます。顕微鏡で観察しながら、ハエをうつ伏せで、左右対称になるように極細の絵筆を使って調整します。液体接着剤ごく少量を針の先につけて、ハエを装着する0.5~1mm径の金属棒と、ハエの背中(頭部・腹部の結節点付近)を接着します。 次回はこのハエを使ってどのように飛行のしくみを調べるかをお話します(つづく)。