揺れてないのに揺れている。

2023年3月9日
津田宏果

JAXAの飛行場分室には、飛行シミュレータがいます。私の仕事道具の一つです。
お客様によく訊かれるのが「何に(何のために)使っているのですか」という質問です。
これがまた、お答えするのが難しい質問でもあります。
一言でお答えするなら、「パイロットの訓練用ではありません」ですかね。

JALさんやANAさんなど、航空会社さんが持っておられるシミュレータは、パイロットの訓練用です。モーション装置のついたシミュレータはFull Flight Simulator、航空法上では模擬飛行装置とよばれます。訓練用なので、実機と全く同じに作られています。
それと比べて、JAXAのシミュレータ(正確に言ってもSimulatorです)は、訓練用ではなくて研究開発用です。特に決まった機種の形にはなっていなくて、研究員の使用目的に合わせて作り変えます。ときにはまだ世の中にない、飛行機やヘリコプタの動きを試すこともあります。

このJAXAのシミュレータ、固定翼機(飛行機)型と回転翼機(ヘリコプタ)型の2台がいるのですが、ちょっと困っていることがあります。

固定翼機型シミュレータ

見学などでシミュレータをご覧いただく際、酔って、気分が悪くなってしまう方がちょくちょくいらっしゃることです。特にヘリコプタの方です。

この理由は、実は分かっていません。

人間は錯覚(錯誤)をする生き物で、自分の身体が動いていないのに動いたように感じることがあります。電車に乗っていて、向かい側の車輌が走り出した途端、自分の車輌が動いたかのように感じる感覚です。(専門用語でこの感覚をベクション(Vection)といいます。ご興味のある方は調べてみてください。)
シミュレータでも同じことが起きます。
飛行機型もヘリコプタ型も、モーション装置を動かしていなくても、動いているように感じるお客様が多くいらっしゃいます。シミュレータの外視界(外の景色)は操縦に応じて変化するので、眼から入る情報はどんどん変化していきますが、身体にかかる力は全く変わりません。
揺れていないのに揺れている。そう感じてしまうことが、シミュレータ酔いの一因かもしれません。

もう一つの仮説は、ヘリコプタの外視界の広さにあります。
ヘリコプタの外視界のスクリーンは、半径5メートル、中心角180度のドーム型をしています。
人間の視野は約180から200度ですが、左右の視野の端っこは、実ははっきりとは見えていません(周辺視といいます)。そのかわり動きを感じる感度が高いと言われています。シミュレータの外視界の景色の動きを周辺視で感じすぎることで、シミュレータ酔いを引き起こしているのかもしれません。

回転翼機型シミュレータ

人間は、錯覚をはじめ、なかなか難しい特性を持った生き物です。

フライト中、パイロットが起こす錯誤もあります。計器が信じられず、自分が上昇しているのか降下しているのか傾いているのか、分からなくなる状態です。空間識失調あるいはバーティゴ(Vertigo)と呼ばれます。
これはとても危険な状態で、航空機事故の原因にもなっています。
私はパイロットではないですし、自分自身でバーティゴを経験したことはないのですが、一緒に飛んでいたパイロットがバーティゴに入ったことがあります。
そのときは、比較的早くにパイロット自身が気づき、一緒に飛んでいたもう一人のパイロットに操縦を交代しました。
バーティゴ状態に入らないようにすること、入ってしまったことを自覚すること、その状態から一刻も早く抜け出すこと、これらの課題はまだ残っています。

JAXAの飛行シミュレータ、普段は研究員が使っていますので、ご覧いただけないのですが、毎年4月の研究所一般公開日には開放しています。ぜひ一度お越しください。