研究者は未来をつくりだす

複合材グループ
吉村 彰記(よしむら あきのり)

10年後、20年後という少し先の未来で役立つ。そういう技術を確立するのが研究者だと思うと語る吉村さん。その瞳にはどんな未来の技術が見えているのでしょう?

JAXAまでの道のり

宇宙に興味を持ったのは小学校中学年のころです。学級文庫にあった宇宙に関する漫画がきっかけでした。中学生になり、何かの雑誌で宇宙飛行士への道を紹介する記事を読みました。その時、宇宙にかかわる仕事に携わるのは雲の上の話というわけでもないと感じ、進路として宇宙の世界を意識するようになりました。興味を持ったのは宇宙飛行士ではなく宇宙機をつくる仕事の方ですけれど。高校生の頃には航空機と宇宙機、どちらにも興味が出てきました。同じころ、ちょうどインターネットが流行り始めており、ある大学教授のネット日記を読んで「研究者の生活って楽しそうだな」と思うようにもなりました。その方は航空宇宙の専門家ではなかったのですが、何かに縛られるのではなく、一から自分で考えて研究(仕事)を進められるのが面白そうだと感じたんですね。
大学では航空宇宙学科に進みました。勉強する中で制御の分野が面白そうだと感じていたのですが、学部4年に上がる時に教授による各研究室の紹介を聞き、材料分野の研究室の教授に興味を持ち、そちらに進みました。実際に材料の研究に携わってみたら面白かったので、成功したと思っています。具体的に就職先を考える時期になり、研究を仕事にできればと真剣に思うようになりました。実際にものを作りつつアカデミックな部分にも携われればと考えた時、自然と就職先はJAXAに絞られていました。
博士論文の研究のため、JAXAには入社前から来ていたんですよ。JAXAにある装置のいくつかは、そのころから使わせてもらっています。ちょうど博士の時、同じ研究室の先輩がJAXAで働いていたこともあり、ちょくちょく通っていました。

アウトドアとインドア

* ラリー

ラリーとは、一般道公道にて行われるモータースポーツのことです。一般的なラリーは、公道を閉鎖してその最短タイムを競うスペシャルステージ(SS)と、SSの間の移動区間であるロードセクションによって構成されています。ロードセクションでは、指示された平均速度(法定速度内)でいかに正確に走行できるかがカギとなります。ナビゲーターは道案内や、車に表示される速度と実際の走行速度の差を補正計算してドライバーに指示を出すことなどが主な役割です。

大学生のころは自動車部に所属し、ラリー*に興じていました。ラリーと言うのは、F1の様なサーキットでは無く、一般道で行う自動車競技です。使用する車も、ナンバーの付いた公道を走れる車です。スポーツカーの様なスピードの出る車を想像すると分りやすいかもしれません。自分たちで車の整備まで行います。バンパーを修理したり、エンジンを載せ替えたりと、楽しかったですね。わたしはあまり運転は得意ではないので、ナビゲーター専門でした。ナビゲーターの仕事は、その名の通り「道案内」です。助手席に座り、ドライバーをナビゲートします。
ラリーではコースと目標タイムが決まっており、競技車は例えば1分毎に出発します。そのため、F1レースの様に抜いたり抜かれたりのデットヒートがあるわけではありません。ただ、側道に乗りあげたりして前の車がスピードを落としたり止まったりすることはよくあるため、そういう時は遠慮なく抜きます。公道とは言っても、市街地では無く、この辺だと奥多摩の山の中などが競技場になりますね。大学入学から始めて、学部の4年生までやっていました。
今は、休みの日には喫茶店へ行くか、自宅で読書をしていることが多いです。わたしが良く行くのは調布と神保町界隈です。コーヒーを自宅で自分で入れることもありますけれど、やはり喫茶店の味には敵いませんね。読書は、最近はノンフィクションの歴史物にはまっています。当時は一体どういう社会だったのか、有名なあの人物は本当はどういう人物だったのか、がフィクションの歴史物より事実に即して書かれていると思うんです。そういうところが面白いと思います。現在は講談社から出ている『日本の歴史』という全26巻のシリーズを読んでいます。明治まで来ているのであと少しですね。それが済んだら、ちょっと方向性を変えて純文学を読んでみようかと思っています。

千里眼を持とう

* リュージュ

リュージュとは、氷上のコースを滑り下りるソリ競技の一種です。ソリには2本の刃(シーネ)があり、クーへと呼ばれる木製の棒に取り付けられています。ソリの本体とクーへは鋼鉄製の部品(ブリッジ)でつながれます。人間は、ソリの本体の上にあおむけに乗り込み、クーへを両足で操作しながら滑ります。

2010年2月にオーストラリアのバンクーバーで冬季オリンピッが開催されました。JAXA複合材グループは、その競技のひとつであるリュージュ*の開発に携わりました。わたしたちが開発した構造は、残念ながら今回のオリンピックでは一部しか使われることはありませんでした。しかし、「リュージュってなに?」という手探りの状態で一から研究開発を行えたことは、今後のリュージュの開発にはもちろん、これからの自分たちの研究にも大きく役立つと考えています。航空機や宇宙機の場合、概念設計から製作・テストに至るまで、研究開発のすべての工程に携われることはまずありません。リュージュという小さな構造物ではありますが、本当に貴重な体験でした。
わたしはいつも10年先、20年先に役立つものをつくりだすんだ、という気持ちで仕事をしています。研究者が目指すべきことはそういうことだと思っていますので。それに、目の前にあるできる仕事だけをやっていると、視野が狭くなり、袋小路にはまり込んでしまう気がするんです。10年先に必要な技術を見極めるためには、10年先がどうなっているかを常に考えていることも重要ですが、10年前に当時の研究者がどういうことを考えた結果現在があるのか、という逆算をすることも重要だと思います。実際にそのような考察が自分でできているかと言うと、まだまだなのですが。