格安航空券を手に入れよう!

JAXAメールマガジン第206号(2013年9月20日発行)
徳川直子

旅行に行くために航空券を手に入れるなら、出来るだけ安い方が良いですよね? しかもサービスは充実していて…。
「航空券を格安で手に入れる裏技の紹介!?」「LCCのサービスが良くなるの?」
いえいえ、どれも違います。航空機の燃費を良くする研究の話です。

航空機の燃費、つまり単位容量の燃料あたりの移動距離、あるいは一定の距離をどれだけの燃料で移動できるかを示す指標は、推進力を生み出す推進装置、つまりエンジンの燃料効率だけではなく、機体にかかる空力(くうりき)抵抗の大きさにも依存します。従って空力抵抗の低減は、燃費の向上に不可欠であり、航空機の空力を研究している“空力屋”にとっては永遠のライバルのような存在で、私もこのライバルに戦いを挑んでいる一人です。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、航空機にかかる空力抵抗は大きく、4種類に分類されます。揚力の副産物として発生する誘導抵抗、飛行速度が音速に近い場合に衝撃波が発生することにより発生する造波抵抗、航空機表面にかかる圧力が機体後方で低下するために発生する圧力抵抗、そして粘性の影響により機体表面に沿った流れから受ける流れ方向の力である摩擦抵抗の4種類です。大型旅客機では、これらのうち、摩擦抵抗が約半分を占めることから、その低減に期待がかかります。
さて、その摩擦抵抗ですが、生成しているのは境界層と呼ばれる、機体表面にできる非常に薄い空気の層です。例えばB787-8は全長約57mもありますが、その境界層は数mmから数十mmと、全長の1000分の1程度しかありません。しかし非常に大きな抵抗を生む手強い存在です。
境界層は、上流側では層流と呼ばれる摩擦抵抗の比較的小さな状態にありますが、流れが下流に進むに従い、摩擦抵抗が大きい乱流と呼ばれる状態に変化してしまいます。この変化は“遷移”と呼ばれ、遷移する位置が早いと摩擦抵抗が大きくなってしまいます。ですから、“空力屋”は、遷移位置を出来るだけ後方に遅らせ、層流領域を広げることによって、摩擦抵抗を低減することが仕事になります。
境界層の遷移を遅らせるには、機体の形状を工夫する方法や、吸い込みや吹き出しといった動的な制御をする方法があります。吸い込みや吹き出しとは、機体表面にたくさん穴をあけ、そこから境界層流れを吸い込む、あるいは境界層中に流れを吹き出す方法です。これらの動的な制御方法は、遷移を遅らせる効果があることは確認されていますが、動的な制御するためにエネルギーを必要とするため総合したエネルギーの収支では損になることが多いため、実用には至っていません。一方、機体形状の工夫は、動的な制御を用いない、ということで「自然層流設計」と呼ばれ、制御のためのエネルギーが不要であるという点で優れています。そこでJAXAでは、実機に適用しやすい層流化技術、ということで、この自然層流設計の研究を進めています。

その代表的な例として、小型超音速実験機NEXST-1の主翼に、この自然層流設計技術を適用しました。
NEXST-1の主翼は、数値計算に基づく逆問題設計という手法を用いて設計されました。そして、その設計の妥当性は2005年オーストラリアで行われた飛行実験によって実証されました。つまり、設計条件における遷移位置は、設計したのと異なる条件に比べ大きく後退することを確認しました。NEXST-1主翼の自然層流設計は、亜音速前縁をもつ超音速機としては世界初の試みであり、JAXAはこの自然層流設計の分野で世界をリードする立場にあると自負しています。
現在は小型実験機NEXST-1で実証した自然層流設計を、現在航空本部機体システム研究グループで概念設計を進めているビジネスジェットスケール機 小型超音速旅客機や、大型の旅客機に拡張して、設計技術の向上に努めています。特に、小型超音速旅客機については、機首先端から胴体にかけた部分にも自然層流設計を適用する試みを開始しています。

現在、旅客機として運用されている大型航空機のような遷音速機についても、自然層流設計を含めた摩擦抵抗低減に対する研究が世界的に進められています。2011年から運用を開始したB787も、エンジン・ナセルに層流設計を施し、燃費はB767に比べ20%も改善したそうですし、現在NASAで進められているERAプロジェクトや、ヨーロッパで進められているClean Skyプロジェクトの中でも大きな研究課題に挙げられています。JAXAでのエコウィング・プロジェクトの中で、自然層流設計だけでなく、乱流境界層の摩擦抵抗低減などにもチャレンジしていく計画です。

摩擦抵抗を低減出来たことによって“格安”となった航空券、は明日にでも販売開始!とはならないと思いますが、少しでも早く販売されるよう、また、そのとき、JAXA航空本部で培われた技術によって摩擦抵抗が低減されているよう、研究を進めていきたいと思います。