回転翼機の発展の歴史-航空機として飛ぶ工夫(7)-

JAXAメールマガジン第253号(2015年10月5日発行)
齊藤茂

こんにちは、ヘリコプターを研究している齊藤茂です。前回(第245号)までにヘリコプターの環境適合性の課題の一つである空力騒音について話をしました。空力騒音の中でヘリコプターの場合には、ブレード上の揚力の変化により発生する高速衝撃騒音(High Speed Impulsive Noise: HSI騒音)とブレード - 渦干渉騒音(Blade Vortex Interaction Noise: BVI騒音)が特に顕著な騒音であると説明しました。今回は、それらの騒音を低減する方法について話をします。

ヘリコプターの空力騒音のうち、HSI騒音に関してはヘリコプターの高速化に関係していると前々回(237号)で説明しました。ヘリコプター・ローターは回転してるため、前進側のブレードが経験する速度は回転速度と機体の前進速度が重畳されたものとなります。近年のヘリコプターは、飛行速度の向上によってこの合成速度は遷音速の領域まで達します。この結果固定翼と同様に、前進側のブレードの一部で衝撃波が発生します。この衝撃波がHSI騒音の発生する原因ですが、この騒音を低減する方策としてはこの衝撃波の発生を抑えることまたは弱めることが最善の策と言えます。衝撃波による影響をなるべく抑える方策は、いままで固定翼の設計においてよく研究がなされています。

現在世界を飛び回っている商用航空機のほとんどが、後退角(飛行方向に対して翼を後方に向ける角度)を持っています。衝撃波の発生は、翼に対して垂直に流入する速度が大きく関係をしており、後退角を付けることでこの垂直に流入する速度が小さくなります。この結果、後退角を持つ固定翼では衝撃波の発生が多少なり抑えられます。しかし飛行速度が大きくなるにつれて衝撃波の強さも大きくなります。実際には、音速に近い速度で飛行すると翼の上では非常に強い衝撃波が発生し、抵抗が急激に増える現象が起きます。したがって、通常の商用航空機では遷音速領域(飛行速度を音速で割った値をマッハ数と呼びますが、このマッハ数で0.7~0.9位の範囲)で飛行しており、音速付近で飛行することは避けます(燃費の急激な増大を防ぐため)。

ヘリコプターでもこの現象は同様であり、音の観点からはなるべく衝撃波を発生させないようにまたは発生してもなるべく弱いものにすることが騒音低減の方策となります。ブレード上衝撃波の発生する位置は、翼端に近いところとなります。したがって、この付近のブレード形状を変えることがまず考えられます。具体的には、翼端付近のブレードに後退角を持たせることです。しかしながら、ヘリコプターのブレードは特に翼端付近での揚力が大きくなるのがその特徴です。したがって一番揚力を受け持つ部分に後退角を付けると、空気力学上また構造力学上問題点が生じてしまいます。先ずは、特端付近での揚力の低下です。これは飛行性能の低下につながります。自重を支えるための揚力が低下することに対応してピッチ角の増加を招きますが、これはブレードのハブに近い位置でのピッチ角の増加につながり失速という現象につながります。この現象が起きるとますます揚力の低下を招くという悪循環に陥ります。したがって、あまり極端な翼端付近での後退角は付けられないということになります。

他方、回転するブレードには各セクションでの重心位置が空気力学上の観点から課題となります。すなわち、翼端付近で後退角を持たせると遠心力により、ブレードのスパン方向(根元から翼端の方向)に走っている弾性軸まわりにブレードを捩ろうとする効果が発生します。これをテニスラケット効果と呼びますが、この効果によってブレードのピッチ角を変化させてしまいます。この弾性変化の効果がやはりブレード上に発生する揚力の変化につながり、性能の低下、制御の難しさを引き起こします。このように、回転翼のブレード翼端付近では、あまり大きな後退角は付けることができません。

このような空力性能上および構造力学上の観点を十分加味した形状が、英国のWestland社が開発したBERP(British Experimental Rotor Program)という翼端形状です。元々、このBERP翼端形状はヘリコプターの高速化のために開発したものです。実際Westland社のLynxヘリコプターにこの翼端形状を付けて、時速400km/h以上の速度で飛行し、世界最高速度を樹立しています。またこのBERP翼端形状は後になってHSI騒音の低減に効果があることがわかってきました。BERP翼端形状が、前に説明した衝撃波を弱める解決策になっていたからです。これらの低減策と同時に、衝撃波の発生領域を小さくすること、また衝撃波の発生位置をなるべくブレードの付け根の方向に近づけることなどが、HSI騒音の低減につながります。

ここでは、ヘリコプターの衝撃騒音のうちHSI騒音について、その低減法も話をしました。次回は、ヘリポート等で着陸時に発生するBVI騒音の低減法について説明します。