先の後の先(せんのごのせん)

メールマガジン第259号で「後の先(ごのせん)」というタイトルで記事を書きました。

読者から、現在の競技柔道ルールで後の先を極めるということは苦難で、それを乗り越えるには「先の後の先(せんのごのせん)」にまで心身ともに高めることができるかどうかが勝負だ、というご意見をいただきました。確かに、と思います。

大学時代、柔道部の先輩にとても技のキレる軽量級の選手がいました。双手背負投という技なのですが、何とか投げられないように、相手の釣り手を殺そう(動きが取れないようにしよう)として、腕を突っ張れば突っ張るほど、その力を利用されて強烈に投げられるのです。わかっていても投げられる。この「わかっていても」が実はカギだったのでは? と思うことがあります。どうしても腕を突っ張りたくなる状況に意図的に誘導されていたのではないかと思うのです。後の先に持ち込むために、悟られないように自然な形で、何かしらのシグナルを相手に送って、リキませる、技をかけさせる。意図的にこのようなアクションに誘導したうえで、後の先的に技に入っていたのではないか。これは、先の後の先の一つの形です。この人は肩がものすごく柔軟で、顔(上半身)はこちらを向いたまま下半身はすでに180度回転して背負い投げの形に入ってしまっている、というような人でした。そのため気づいた時にはもう遅い(人間の応答時間では間に合わない)という状況で投げられることしばしばでした。

私は航空エンジン燃焼器の開発に携わる研究員です。後の先や先の後の先をどのように研究に生かしましょう。燃焼振動を抑える(暴れる火炎を鎮める)のが一つの大きなテーマです。第212号で述べた「つかみどころのない火炎」を実現できないだろうか。どんな圧力振動にも応答せずに振動を吸収してしまうような特別な燃料が作れないだろうか。どんな音も反射せずに外に抜けていく、そんな無反射燃焼室を作れないだろうか。火炎に応答があるのはしょうがない。では、時間変動と空間分布を精密に制御できる燃料噴射装置を開発してどんな火炎応答も打ち消すように燃料分布制御できないだろうか。振動が起きそうになったら早期に察知して共鳴しにくい形状へと自動的に変化するスマートな燃焼器が作れないだろうか。むしろ、積極的に振動状態に導くことで燃焼性能を向上させることはできないだろうか。さらには、この振動利用状態に導くために、先んじて微小な擾乱を放り込み、その応答から行く先を読んで誘導する「先の後の先」技術はできないものだろうか。こんなことを考えだします。

このような別分野(私の場合は柔道)からのアナロジーに基づくアイディア出しは、研究の取っ掛かりを作る一つの手法です。比較的自由に発想していくこの段階は楽しい時間です。実際の研究実行の段階に入ると、すんなりうまくいくことはほとんどないので苦しみの時間が続きます。実験の場合は、想定した実験条件で実験できるところにもっていくまでの準備期間の方に時間がかかり実際の試験・計測時間は、時間的にはほんの一部であることがほとんどです。データ解析と実験を繰り返し、誰も知らない現象やメカニズムを見つけられたとき、理解した時には、何とも言えない贅沢な気持ちになります。

私のコラムはこれでしばらくお休みとさせていただきます。(立花 繁)