後方乱気流体験レポート!?

本誌『空と宙』26号では、飛行機が通過した後に発生する「後方乱気流」と呼ばれる現象に関する研究を紹介しています。このページでは、後方乱気流の飛行実験に携わったパイロットの話を紹介します。

背景:実験用航空機「MuPAL-ε」

背景:実験用航空機「MuPAL-ε」

飛行技術研究センター
(左より)
植竹保夫(うえたけやすお)
  平成15年入社。固定翼機のパイロット
白水博文(しろうずひろふみ)
  平成12年入社。回転翼機と固定翼機のパイロット
諸隈慎一(もろくましんいち)
  平成14年入社。固定翼機のパイロット

JAXA入社前の後方乱気流遭遇経験

* ILS

計器着陸システム。地上から発信される電波に従って進入し、着陸を行えるシステムのこと。

* オートパイロット

自動操縦システム。飛行経路を設定することで、パイロットが直接運転しなくても、自動で巡航や着陸を行うシステムのこと。

諸隈: 滑走路が混んでいる空港に着陸する時には、空港の上空を旋回しながら滑走路が空くのを待ちます。その旋回中、離陸した大型機が起こした後方乱気流に遭遇したことが何回かありました。自転車でいきなり砂利道に入り込んでしまった感じと言ったら分かりやすいでしょうか。一瞬ものすごい衝撃があるのですが、操縦できないというほどではありませんでした。今回の実験で想定したような、大型機に続いて着陸する際の遭遇は経験が無いです。

植竹: 飛行機はILS*を利用してオートパイロット*で着陸することが多いのですが、気流が安定した夜間などにはILSで指示されたコースに先行機の後方乱気流が残っていることがあるんです。以前私が乗務していた5tクラスの小型機の先行機がエアラインの大型旅客機だったりすると、ガタガタという揺れに遭遇することがありました。後方乱気流と聞くと大きな衝撃を受けるイメージがあるかもしれませんが、実際に遭遇する確率が高いのはこのようなガタガタという揺れだと思います。経験上この揺れは、先行機の後方乱気流だということが判るので、滑走路を視認できるような場合にはオートパイロットを切り、少しコースを上にずらして飛行するようにしていました。そうすると、後方乱気流を避けて飛行することができますので。

白水: 私は、主にヘリコプタを操縦していました。大きい空港だと、着陸のためのアプローチポイントが飛行機とヘリコプタでは異なります。飛行機は滑走路を利用しますが、ヘリコプタは滑走路の周りにある誘導路部分にアプローチするため、着陸の飛行ルートも異なってきます。飛行機が着陸した航跡を横切って着陸する場合など、後方乱気流に遭遇する恐れはあったのですが、幸いにも遭遇した経験はありません。

植竹: 後方乱気流は眼には見えませんが、一度だけ、見たことがあります。名古屋空港の芝を張り替えるため赤土がむき出しになっていたある真冬の日でした。離陸のため誘導路で待機していた時です。国際線の大型旅客機が離陸した瞬間、大きな赤土の渦が眼に飛び込みました。その渦が自分の機体まで到達した時、グラグラと揺れたのをよく覚えています。これは、低高度の時に遭遇したら墜落してしまう、と思いましたね。

シミュレーション実験

諸隈: 通常の着陸中に後方乱気流に遭遇するようなプログラムのもと、シミュレーションによる飛行実験を行いました。実験では、後方乱気流に遭遇したと感じた時にどのように操縦するかで、後方乱気流に思いっきり入り込んでしまったり、弾き飛ばされたり、あまり抵抗無くすり抜けられたり、色々な結果になりました。

白水: 着陸の際、どこを通るかで後方乱気流に遭った時の機体に加わる衝撃は異なります。そのため、色々な結果になるんです。

植竹: 後方乱気流に入ることが前提の実験に、ビックリしました。民間の会社では「とにかく後方乱気流には近づくな」と教えますから。シミュレータでの実験だからやりましたけれど、正直、すごいところに就職してしまったなと思いました。ただ、実際にシミュレーションをしてみて、低高度でこの状態になってしまったらもう助からない、という例がいくつかあったので、シミュレーションで検証していくことは大事なことだと感じています。

白水: 私は、飛行機とヘリコプタ、両方のシミュレーションを行ったのですが、影響の違いを感じました。例えば、後方乱気流の渦の中心部分に飛行機で近づくと、弾かれることが多い。でも、ヘリコプタであれば比較的すんなりと通り抜けられる。後方乱気流によって機体が回転させられたとしても、ヘリコプタの方が割と影響が少ない、コントロールをできる余地が残っているな、という風に感じました。ただ、ヘリコプタであっても、パワーに余裕がなければやはり危険です。それは当然あります。

諸隈: 後方乱気流は危険な現象ですが、役に立つこともあります。パイロットの資格を取るための訓練では「急旋回」という空中操作の練習をするのですが、航空機をすごく傾けて旋回を行うと、旋回のサークルが非常に小さくなって、自分の機体が作った後方乱気流に入ってしまいます。でも、それは綺麗な旋回を描けているという証拠なので、後流に入れれば「よし」となります。この飛行、後方乱気流に遭遇した際の回避訓練にもなりそうですが、後方乱気流が問題になるのは、自機より大きいサイズの機体が起こす後方乱気流に遭遇した時なので、訓練にはならないですね。そのため、シミュレーションを通して危険な後方乱気流に遭遇した際の操縦について訓練しておくことは意味のあることだと思います。ただ、いくらシミュレーションで後方乱気流に遭遇した時の回避操作を経験していたとしても、遭遇しない、ということが一番大事です。やはり、眼で見えない怖さがありますから。

植竹: そう。まず、近づかないことが大切。

ヘリコプタによる実機試験(白水談)

ヘリコプタに関しては、実際に実機での後方乱気流の実験も行いました。とはいっても、ちゃんと正規の管制間隔は守った上での実験ですけれど。今回『空と宙』で「後方乱気流」の研究について紹介していますが、この研究をはじめたのは“ヘリコプタは飛行機と比べると後方乱気流の影響を受けづらい”ことを証明し、ヘリコプタに対する離着陸の間隔の見直しを促すことで、運航の効率化を図るという目的からでした。ただ、現状の管制間隔をきちんと守って実験を行わなければいけないため、実際にそれを実機で証明することは難しい。実験では、きちんと管制間隔をあけて着陸を行ったため、大きな後方乱気流に入る可能性はまずありませんでした。そのような理由もあり、後方乱気流の残りにも入ることは無く、カタリとも揺れませんでしたね。
この実験は、ヘリコプタは飛行機より影響が小さいという理論的なデータがあるから行えた実験です。飛行機で同じことはできないですね。ヘリコプタのロータブレードは硬そうに見えるかも知れませんが、結構しなります。ロータで気流の乱れをある程度吸収できるため、飛行機よりも影響が少なくなるんです。ヘリコプタは速度を遅くできるという点もありますね。速度を遅くすれば、その分気流の影響は小さくなります。
ヘリコプタのロータのしなりは、音として体感できます。気流が悪いところを飛んでいると、ロータがしなって空気に当たる音が変わります。その音は、パイロットに警告を促す役目をはたします。ロータの音を頼りに、速度を落とすなどの対応ができるわけです。飛行シミュレータでこのような音を正確に再現できるようにするのが今後の課題でしょうね。