第4期中長期計画インタビュー

研究開発成果の
より迅速な社会実装に向けて

理事/航空技術部門長 張替 正敏HARIGAE Masatoshi

張替正敏

「環境・安全」の視点を柱に未来を切り拓く

航空技術部門は独立行政法人評価において最も高いS評価を平成27年度から5年連続でいただいています。これは高い技術力と新しいコンセプトへの取り組みはもとより、多くの研究成果が社会に実装され、活用されていることへの評価であると捉えています。また、国際民間航空機関(ICAO)や国際標準化機構(ISO)への貢献も積極的に行っており国際的なプレゼンスも向上しています。
国内においては研究成果の社会実装を進めること、世界では日本発の技術のプレゼンスを発揮すること。この2つは今後も高いレベルで維持し続けることが必要と考えています。

その上で、令和2年度の事業方針において特に重要視しているのは、「安全」「環境」に集約される研究です。
航空機における「安全」については、近年、機体そのものの安全性向上だけでなく運航面でも大きな進捗があります。航空交通量の増加に伴う慢性的な空の混雑の中で、気象条件によって飛行に大きな影響を受ける航空機を混雑する空港に安全にかつ効率的に離発着させるのは非常に重要な課題です。航空機の運航安全ための重要技術として航空交通管理システムの高度化をまず挙げたいと思います。

「環境」については、自動車の分野でハイブリッドカーや電気自動車が登場しているように、推進力を作る部分、いわゆるパワートレインが環境への負荷を減らすことはモビリティの本質的な課題といえます。
日本の航空エンジン産業は、世界の主要な航空エンジンのプログラムシェアで15%~30%を持っています。特に低圧系のファンとタービンの設計製造技術に対して大きな実績を持っています。いまJAXA航空技術部門が取り組んでいるのは、これまで日本があまり関わって来なかった高圧タービンと燃焼器のいわゆるコアエンジンの研究開発です。燃焼器の形状や材料を改善することで燃費が向上し窒素酸化物やCO2の排出が抑えられます。1,600℃に達する燃焼ガスをいかに効率よく推進力に変えるか、高圧タービンでは翼の形状だけでなく材料面も含めた課題解決を目指しています。

出口と入口を明確化し
広い視野を持って全体を俯瞰する

現在、科学分野全体において、改めて社会実装を強く意識した研究開発が求められています。航空技術部門ではこれまでも数多くの研究成果を民間事業者等へ移管してきましたが、さらに多くの成果を求める声が上がっています。
社会実装のためには、社会に貢献できる研究テーマを数多く仕込み、よどみなく押し出す努力が不可欠です。出口と同じように入口戦略も重要です。
特に今後を担う若い世代の研究者には、自分の研究を使ってもらうための努力の大切さをしっかり認識してもらいたいと考えています。たとえ素晴らしい技術でも、ある日突然売り込みに来られては企業も困ります。社会等の要請を考え、研究計画を練る段階から社会実装を見据えること。また、民間事業者としっかり手を繋ぎ、新しい研究テーマへ関心を持ってもらうことも大切でしょう。
そのために、部門内に留まらず民間事業者や研究機関、行政機関などを訪ね、コミュニケーションを深める。対話を通じ技術と課題のマッチングを図るなど、JAXA外のコミュニティーを大切にし、自らの視野を広げていく行動を奨励しています。
航空技術部門ではイノベーションを大切にしていますが、この数年で培ってきた、研究から社会実装への流れをより強く押し進めることが今後に向けた大きな課題です。

航空業界の更なる成長を担う2つの新分野。
「電動化」と「超音速旅客機」

航空技術部門では、将来を見据えた航空機の新分野創造研究として「電動化」「超音速旅客機」を2つの柱としています。
今、電気自動車の開発が加速していますが、航空分野でも電動モーターで駆動するファンによって推進力を得る電動航空機の研究開発を進めています。空を飛ぶためにはシステムの軽量化が大きな課題ですが、電池、電動モーター等の電動要素の高出力密度化が実現できれば電動航空機も不可能ではありません。
電気自動車で培った技術を航空機に応用し、さらに工夫を加えて自動車に還元する。ひいてはその技術の一部が家電などにも反映されれば、生活全般にわたり好循環を生みます。これは国家として取り組む意義のある事業といえるでしょう。自動車メーカーや電気機器メーカーなど、これまで航空業界には縁が薄かった企業と手を結ぶことで新しい技術が生まれる可能性も期待できます。

超音速旅客機の研究においては、日本の技術が世界的に高いレベルにある現在のポジションを維持し続けることが大切です。アメリカ連邦航空局(FAA)が2020年4月に定めた超音速旅客機の離着陸騒音に関する基準では、航空技術部門が実施した騒音試験の解析データが貢献しています。また、現在ICAOで策定中である陸上を飛行する際の衝撃音の基準についても日本がリードしています。
今後10年以内に超音速旅客機が再登場すると予想していますが、その時、航空エンジン産業と同様に揺るぎない日本の技術領域を確立していることが重要だと考えています。

産業振興につながる、航空技術の研究を

最後に、第4期中長期計画において、特に重視するキーワードを4つまとめます。

  1. 「安全と環境」。モビリティの研究開発では何よりも優先されるテーマです。
  2. 「社会実装」。研究の初期段階から民間事業者と手を結び新たな研究テーマの開始に結びつけるとともに、社会で役立つ成果を出す流れを作り出します。
  3. 「人材育成」。若い世代の研究者にJAXAの一員として社会に役立つ研究の重要性を示す一方、デジタル・トランスフォーメーションやAIなど、彼らが持つ新しい知識や能力を最大限に引き出せる環境づくりを目指します。
  4. 「連携」。あらゆる分野の民間事業者や研究機関等との積極的な連携を求めます。

これまで日本の航空産業は、年約10%の伸びを続ける順調な成長を続けてきました。航空機製造産業だけでも1.8兆円の規模を持ち、これは官需が中心の宇宙機製造産業の約5倍の規模です。この数字は、我々の研究が「産業振興」を基本に考えなくてはならないという意味を持っています。
今年、世界中に蔓延した新型コロナウイルスは、航空産業にも大きな影響を与えました。1つはビッグデータやテレワークに見られたデジタル力の証明です。今後、産業全体のデジタル化が進む中で、航空技術部門でも早急な取り組みが必要です。2つめは移動の制限下でのビジネススタイル、生活スタイルの変化です。モビリティには不利な状況となっていますが、それでも最低限の動きは必要であり、今後は人が動くことへの付加価値の要求が高まることが予測されます。大型旅客機で大人数を時間を掛けてではなく、必要な人が小型機で乗り換えもなく目的地にスピーディに移動する“価値ある旅行”というカテゴリーが生まれるかもしれません。それはまさに超音速旅客機の時代でもあります。

今年のコロナ禍により航空産業の成長には大きな変化が生じると思われますが、引き続き航空分野のみにとどまらず、社会全体に価値をもたらす研究と行動を任じたいと思います。引き続き、皆様の一層のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

Profile

理事/航空技術部門長 張替 正敏
1987年、株式会社東芝(宇宙開発事業部)入社。1993年、航空宇宙技術研究所(現JAXA)に移籍。2014年、航空本部事業推進部長就任。2015年、(国)宇宙航空研究開発機構航空技術部門事業推進部長。2016年、航空技術部門基盤技術統括。2017年、研究開発部門研究戦略部長。2020年4月より、現職。

2020年8月20日更新