第4期中長期計画インタビュー

環境、騒音、そしてスピード。
新時代の航空機に挑む

航空プログラムディレクタ 村上 哲MURAKAMI Akira

村上哲

国際市場で受け入れられる
魅力のある技術の推進と実現

現在、航空プログラムでは航空環境技術と静粛超音速旅客機に関わる2つの技術を主に担当しています。航空環境技術では、二酸化炭素の排出量を減らし、かつ燃費の良いエンジンの研究を行っています。エンジンはCO2(二酸化炭素)だけでなくNOx(窒素酸化物)も排出していますが、エンジンの性能を上げていけばいくほど窒素酸化物が増えるため、性能を上げながらも圧倒的にクリーンなエンジンの技術開発を進めています。
合わせて飛行機の騒音低減技術も第3期中長期計画から継続して力を注いでいるプロジェクトの一つ。旅客機の主音源である機体騒音に注目し、旅客機の低騒音化技術の確立を目指しています。

特に、航空環境技術の柱ともいえる「En-Coreプロジェクト」は、ターボファンエンジンの心臓部とも言えるコアエンジンについての技術の確立です。高温・高圧状態で作動するコアエンジンのうち、特に燃焼器と高圧タービンは技術的にも難しく、日本が参画できずにいた分野。エンジンの国際共同開発で、設計段階から加わることができる技術を確立できれば、日本の航空機エンジン産業はビジネス面でも大きな成果が出せると考えています。それがこの中長期期間内の中で企業としっかりタッグを組み、つくり上げていきたいところ。日本の競争力を高め、現状約6%の世界シェアを着実に伸ばしていけるよう、プロジェクトを進めていきたいと思っています。
「En-Coreプロジェクト」は、約10年後の実用化を目指しています。10年というと随分先のようですが、実用化の5〜6年前には技術として成熟させる必要があります。航空技術の研究においてはすぐそこまできている話なのです。

もう一つの柱である「静粛超音速旅客機」は、音速の1.5〜2倍、時速約1600kmを目標に研究が進んでいます。これは既存機種の約2倍の速度。現在、東京〜シンガポール間の移動は6時間半〜7時間ほどかかりますが、3時間半まで短縮することが将来的な目標です。
経済性、騒音問題、ソニックブーム等の課題解決に取り組んでいますが、10年後の実現を目指しているEn-Coreプロジェクトに比べれば、まだまだ実現レベルには至っていません。それでも実現を見据えた動きは多方面で見られ、とくに超音速機特有の騒音、ソニックブームについては、国際民間航空機関(ICAO)等で環境基準の策定が始められており、我々も技術協力を行っています。この分野の実現が見えた時に、日本が計画段階から参画できるよう、技術力をたくわえておきたい状態です。
いずれの技術も、最終的に社会でどう使われるか、どのように役立つかということが重要です。今後の研究開発では産業界等としっかり連携しながら進めていきたいと思っています。

あらゆる場面で、多様性を大切にし、
新たな価値を生み出す

第4期中長期計画で掲げている「変革」「連携」「人材育成」は、いずれも重要なテーマです。私はこの3つに「多様性」を加え取り組んでいきたいと考えています。
En-Coreプロジェクトのように10年後に実現するようなエンジン技術は企業と共同で行い、静粛超音速機のように20年後を目指す研究は大学と一緒に取り組むケースが多いのですが、様々な人とバランスよく連携するためには、固定観念にとらわれない多様性を意識した姿勢が必要だと感じています。
人材育成については、若手研究者には裁量と権限を持たせることで、多様な研究が生まれ、それが成果にも反映されていくと考えています。私自身の経験として、上司に恵まれ責任ある仕事を任されてきました。社内では「迷ったら躊躇せずに行動せよ」と伝えていますが、より積極的な方法を選択する。この姿勢は今後も大切にしていきたいと思います。

今年度を語るにあたり、今回の新型コロナウイルスによる移動制限は、社会に大きな変化をもたらしました。航空輸送業界には大きな影響を与えています。特に現在研究中の静粛超音速機には大きな逆風とも言えます。一方で、今回の出来事は、人やモノの移動に対する価値、つまり(遠くへ行きたいと感じる)移動そのものの価値や(速く目的地に到着したい、させたいという)移動時間の重要性を高めたと言えるのではないでしょうか。超音速機はそれに応えるための研究とも言えます。
計り知れない新型コロナウイルスの影響ですが、決して悲観的にならず、改めて航空輸送や航空機利用に関わる研究開発の在り方を考えるタイミングと捉えています。

日本の航空技術の高さを伝えるために

長い研究生活を通じ、多少うがった見方にもなりますが、果たして日本人のどのくらいの方が、日本の航空技術レベルを正確に知っているのであろうかと思うときがあります。ふだん皆さんが乗っている旅客機について、100~150人乗りの小型旅客機に搭載しているV2500エンジンの20%以上は日本製ですし、ジェットエンジンロングシャフトの70%以上は日本製と言われています。ボーイング787型機にしても機体構造の35%は日本製です。日本の技術力は高いのです。
日本国内はもとより世界でも、日本の航空技術の高さを知ってもらうために最先端の技術成果を示していくこと、それが大切だと思っています。航空プログラムディレクタ就任を機に、改めて産業界をはじめとした外部との連携、情報共有の場を積極的に設け、より緊密な関係性を築きながら日本の航空技術の発展に貢献していきたいと考えています。

Profile

航空プログラムディレクタ 村上 哲
1989年、航空宇宙技術研究所(現JAXA)入所。1999年まで原動機部にて高速推進システム空力設計技術等の研究に従事。この間、ドイツ航空宇宙研究所(DLR)客員研究員(1993~94年)、科学技術庁研究開発局航空宇宙開発課課長補佐(1997~98年)。1999年、次世代超音速機プロジェクト推進センター機体/推進システム統合設計グループリーダー、2005年、JAXA航空プログラムグループ超音速機チーム計画管理チーフマネージャ、D-SENDプロジェクト等超音速技術の研究開発に関する計画立案等に従事。2010年より、航空プログラムグループ/システムズエンジニアリング室長、機体システム研究グループグループ長、次世代航空イノベーションハブ副ハブ長、事業推進部部長を経て2019年4月より、現職。

2020年8月20日更新