第4期中長期計画インタビュー

航空宇宙活動を
根幹で支える研究開発領域

基盤技術統括 西澤 敏雄NISHIZAWA Toshio

西澤敏雄

基礎的・基盤的技術の強化で
日本の産業競争力の強化に貢献

JAXA航空技術部門の基盤領域は、航空機を支える伝統的な技術分野である「空力技術研究」「飛行技術研究」「推進技術研究」「構造・複合材技術研究」「数値解析技術研究」の5つのユニットにより構成されています。
役割としては、解析・評価・試験技術といった研究開発全体を支える基礎的・基盤的技術の研究と、試験を行うための風洞や実験用航空機の運用があり、これら大型設備とスーパーコンピュータを活用しながら試験研究を進め、航空技術を高めることが基盤領域の基本目標です。

第4期中長期計画の中で新たに取り組んでいる注目すべき研究として、スーパーコンピュータと大型風洞などを使った統合シミュレーション技術「多分野統合基盤システム(ISSAC)」が挙げられます。これは高度10,000mを飛行する航空機の離陸から着陸に至るあらゆる条件下での安全と効率を検証するもので、3年目を迎えいよいよ成果が出始めている研究の一つ。特に滑走路にたまった雨水が飛行機の離発着に与える影響を予測するシミュレーション「滑走路の水跳ね予測技術」については、この1〜2年で実験結果の検証が進み、安全性にかかる定量的評価ができるようになった点で大きく進展しました。

さらに具体的な成果をあげているのが、複合材料の研究です。様々な複合材料の弱点克服や破壊メカニズムといった未知の部分の解明や、航空機設計技術に必要な解析技術の研究、技術実証などを行なっており、それぞれ社会実装を見据えた取り組みが進んでいます。
また、トピックとして、炭素繊維強化プラスチック(CFPR)の損傷修復技術を応用したロボットの開発を挙げておきたいと思います。最近の航空機部材にはCFPRが多く使われていますが、CFRPの修復には専門家が必要であり、また修復作業にも時間がかかります。そこで、複合材の一部が損傷した際に、熟練した技能がなくても、短い時間でCFRPの修復を行う修理用ロボットをメーカーと共同で開発し、JAXAシンポジウムでも注目を集めました。現在は本体の改良や検証を進めており、今後の航空機の需要拡大、専門家の人手不足が予想される中で、実用化に向け開発に取り組んでいます。

シミュレーションの技術や複合材の研究については、それぞれの国に研究機関があり、同様の研究が進んでいるため、技術的にはシーソーゲームのような状態といえます。ただし、我々は基礎的な数値シミュレーションや評価技術を活用し、他国が取り組んでいない課題に取り組み懸命に結果を出し続けています。

イノベーションに向け新たな手法を模索していく

これまで私が担当してきたエンジンのプロジェクトでは、常に出口を見据えた研究開発が行われ、近い将来の社会実装が求められてきました。一方、基盤領域は先進的な研究ですから、半分は失敗するかもしれません。出口が見えにくいため、成功したとしても、すぐに目を向けてくれるメーカーはなかなか見つけにくいものです。プロジェクトは企業との距離が近いのですが、基盤領域は研究成果が出た後の先行きが長いのでどうしても後回しになってしまいがちです。
私としては研究成果の活用が確約できるものでなくても、常に周りと情報を共有したり、可能性や将来を提示し続けることが大切だと思っています。プロジェクトでの経験を生かし、基盤領域にも外部との繋がりを強める意識改革を行いたいと思っています。

また、今後の新たな取り組みとしては、昨今イノベーション活動が活発になる中で、基盤技術領域も新しい手法を考える必要があると考えています。中でもAI技術の活用は大きなテーマです。一口にAIと言っても形は様々で、何をどこまで使えるか私自身も勉強中ですが、試行錯誤を繰り返しながら取り組む価値はあると考えています。

基盤領域に対する信頼をさらに高め、
航空技術部門の存在感を維持

航空技術部門で様々なプロジェクトに携わってきた中で、「準備に8割」という言葉を常に意識しています。我々の研究は、時間、予算、マンパワーなど、あらゆる行動の8割が計画立案や準備に費やされ、最終的な成果として現れるのは2割程度です。さらに言えば8割の行動はゴールが見えない状態で進めなくてはなりません。当然失敗もあり、試行錯誤と紆余曲折を何度も重ね、最後の2割でようやく目に見える結果が出てくるものです。
その上で重要なことは、考え付くこと、やれることは準備の間に全てやることです。徹底的に事前調査を行い、問題点をすべて洗い出して除外する。理にかなった取捨選択を繰り返さなければ、成果は出ません。効率化は大切ですが、近道はない。おそらく基盤領域の現場にいる人間は、全員肌で感じていることだと思いますが、この姿勢はこれからも大切にしたいと思います。

我が国の航空分野は、航空会社による運用面ではトップクラスですが、航空機設計製造の面では欧米各国の壁が高く5〜7位という状況です。日本での航空技術開発に大きな理解と支援を得るために何ができるか、これは大きな課題です。我々基盤技術分野では、世界トップレベルの試験能力、解析能力をさらに高め、またそれを応用して日本の産業競争力の強化に貢献していきたいと考えています。

Profile

基盤技術統括 西澤 敏雄
1990年、航空宇宙技術研究所(現JAXA)入所。1994年、東京大学にて博士号を取得。1995年、ベルギーのフォン・カルマン流体力学研究所総合技術研究本部客員研究員。1999年より独立行政法人物質・材料研究機構研究員併任(1999〜2003)。2005年、総合研究本部/ジェットエンジン試験技術センター主任研究員、2009年、ジェットエンジン技術研究センター長、2015年より、航空技術部門aFJRプロジェクトチーム/プロジェクトマネージャ、推進技術研究ユニット/ユニット長、事業推進部部長を経て、2020年4月より、現職。

2020年8月20日更新