回転翼機の発展の歴史 -航空機として飛ぶ工夫(9)-

JAXAメールマガジン第270号(2016年7月6日発行)
齊藤茂

こんにちは、ヘリコプターを研究している齊藤茂です。

前回までにヘリコプターの騒音について解説してきました。今回は、航空機から発生する騒音について、固定翼機と回転翼機の違いを述べてみたいと思います。先ずおさらいとして音について述べます。空力騒音は大きく分けて、3つに分類できます。1つ目は、定まった周波数ででる単極子騒音(monopole)、2つ目は空力加重による双極子騒音(dipole)、3つ目は渦などのようにレイノルズ・ストレス(摩擦)によって出る四重極子騒音(Quadrupole)です。(メルマガ237号245号253号262号参照)航空機の騒音源は、これらの音源が単独かまたは重複された形態をとります。
さて、回転翼機のうち特にヘリコプターから発生する騒音は、エンジンはもちろんのこと、その他メインおよびテイルローター、スキッドなどの着陸装置などが主な発生源です。しかしながらヘリコプターにおいては機体形状から突出している部分が多く、それらの部位も騒音発生源となっています。さらに、これらの後流などが互いに干渉する空力干渉に起因する騒音が発生し、時としてこちらの騒音のほうが非常に大きくなりヘリコプターの騒音といえばこちらの騒音をさすことのほうが多いです。
回転翼には、いわゆるプロペラとヘリコプター・ローターがありますが、これらの最大の違いは、前者がプロペラの回転面を進行方向に対して垂直にして飛行するの対し、後者はローター回転面を平行にして飛行することです。また、前者は固定ピッチ角でブレードのテーパやねじりが大きい(30度から50度)のに対して、後者は可変ピッチ角でほぼ矩形の形状をしていてねじり角は小さく(8度から10度位)なっています。この平面形の違いは、最適な効率を得るためですが詳しい説明は後日に譲ります。

プロペラでもローターでもブレードの上で衝撃波が発生せずまた流れがはがれたりしない限り、音源としては単極子騒音および双極子騒音が支配的です。しかしながらローターのように進行方向に水平な状態で飛行する場合、揚力の発生とともにブレード翼端から吐出された翼端渦が再度後続のブレードと干渉したときに発生するいわゆるBVI騒音などは4重極子騒音に分類されます。
一方、固定翼機の場合、いわゆる旅客機などの機体の外見は見るからに美しい流線型をしており、表面にはでこぼことなる突起物などは極力なくした形状になっています。形状が流線型をしているのは高速飛行時の空力抵抗軽減のためであり、エンジンでは、プロペラ機と違い回転部分のファンやタービンなどはナセルによって囲まれています。ファンやブレードからの騒音やその他のエンジン内部の騒音が外界に伝わってゆく、そのものの伝播を抑えています。

ジェットエンジンは、高温に熱せられた空気を高速で後方に排出しこれの反作用として推進力を出していますが、空気を圧縮して高速で排気孔から排出すると排気口の外側の空気(基本的には静止した大気)の中に、高速高温の燃焼ガスを排出すると外側の静止した大気との間に摩擦が生じ、それが主な騒音となります。実際の騒音は、排気速度の8乗に比例します。大きな機体が速く飛ぼうとすればするほどジェットエンジンの排気速度を上げる必要があります。すると騒音は速度の8乗に比例することから、速度が2倍になれば騒音は256倍にもなります。現在の旅客機は遷音速領域で飛行しますが、このとき対気速度は、通常音速の0.8倍くらいになります。

このように固定翼旅客機の飛行速度は、ヘリコプターなどと比べるとはるかに速い速度で飛行することになり、それだけ騒音は大きくなります。他方、機体の外側に少しでも突起物があるとそこのところから流体がはがれ、渦を発生することになります。これらはいわゆる四重極子騒音と呼ばれる騒音の原因であり、離着陸時に使用する着陸装置(Landing Gear)や高揚力装置のひとつであるフラップ(Flap)、スラット(Slat)などから発生する機体騒音がその主な代表です。最近の騒音研究や騒音低減技術の進歩によって、エンジン騒音は大幅な減少が得られているが、一方機体騒音は相対的にエンジン騒音に対してその割合が増加し、空港などでの騒音問題として脚光を浴びるようになってきています。 固定翼機と回転翼機では、固定翼機のほうが騒音低減技術は進んでいます。これは、固定翼機のほうがより多くの旅客を乗せて世界各国に運んでいるという状況があり、機数も絶対的に固定翼機のほうが多いためです。このため、空港における騒音問題が古くから発生していたということがその進歩の原因として挙げられます。
これに比べてヘリコプターに代表される回転翼機は、その発達の過程が主に軍事利用から進められてきたことにより、騒音などの問題は後送りにされてきたという事情もあります。 近年では消防・防災、警察、救急医療など民間利用、特に公官庁での利用が進み、さらに農薬散布や物資輸送などの民間利用が進むにつれて、騒音問題が大きく取り上げられるようになり、その低減技術の開発が促進されるようになってきています。しかしながら、その技術の進歩は道半ばであることは今までのメルマガにおいて説明してきたとおりです。

今後も、人類の環境をより良くするため、航空機に関する環境問題はますますその厳しさを増す方向にあり、固定翼機や回転翼機に限らず騒音低減技術の開発はより一層の急務となることと思われます。