宇宙航空研究開発機構

MuPAL-ε 低騒音最適経路の飛行実験@大樹町航空公園

航空機の騒音を減らすには、「静かな航空機を作る」技術と「航空機を静かに飛ばす」技術が必要です。今回のMuPAL-εは、ヘリコプタの地上騒音を最小にするような飛行経路をパイロットに指示して飛行する実験です。

地上で聞こえるヘリコプタの騒音は、機体の飛行条件(速度、降下率、姿勢角等)や周辺の気象条件(風向・風速、気温等)によって異なります。これらの影響を機体に搭載したコンピュータでリアルタイムで計算し、地上騒音を最小にするような飛行経路を「トンネル型誘導表示」に表示して飛行します。
図の一番上は地上騒音を低減する最適経路、真中は計器着陸システム(ILS)を模擬した降下角3度の直線的な経路、一番下は有視界飛行でのヘリコプタの標準的な降下角である6度の直線経路、それぞれに対する地上騒音の予測結果を示したものです。赤色は、地上騒音が「騒々しいレベル」とされる70dBを越える範囲です。最適経路では他の経路に比べて赤色の範囲が小さくなっていることが分かります。

最適経路では、(1)ヘリコプタの騒音で最もうるさいBVI騒音(2007年4月9日付レポート参照)の発生を抑えるように降下角を制御する、(2)風による音の伝わりの変化などを考慮し、特定の場所に音が集中しないように曲線的な経路にする、などの効果によって騒音が減少します。このような経路をパイロットに正確に指示するのはILSなどの従来の計器表示では不可能で、JAXAで開発を進めている「トンネル型誘導表示」を用いてはじめて可能になります。

今回の実験では、進入経路周辺の5ヵ所で実際に地上騒音を観測します。例えば上の図に示した観測点(5ヵ所のうちの中央の点)では、最適経路は3度の経路に比べて約6dB、6度の経路に比べても約4dBの騒音低減効果が予測されています。これを実証するのが今回の実験の目的です。

地上の騒音観測点の様子です。左は騒音計、右は風向・風速、気温等の気象データを計測する装置です。このような観測点を5ヵ所に設置しました。

格納庫から出たMuPAL-ε。この大きな格納庫は成層圏プラットフォームの飛行実験の際に使われたものです。

この研究は東京大学の鈴木・土屋研究室(http://www.flight.t.u-tokyo.ac.jp/)と共同で実施しています。最適経路の計算プログラムの開発を担当した同研究室の学生さんも実験に参加しています。これまで地上の飛行シミュレータでは何度も体験しましたが、実際のフライトで最適解を飛ぶのは初めてです。フライト後の感想は、「自分が計算した経路を実際に飛んでみると、通常の経路に比べて乗り心地が悪い」とのこと。最適経路を計算する際には、パイロットのワークロード(操縦の負担)が過大にならないよう、また、乗り心地が悪くならないよう、さまざまな工夫をしています。例えば、急激な姿勢変化や加減速が生じないような制限を設けています。ただ、このような制限をあまり厳しくし過ぎると、騒音低減効果が小さくなってしまいます。

低騒音経路の必要性が最も高い場所として、病院のヘリポートがあげられます。既にいくつかの病院では、周辺住民への騒音被害によって、年間の離着陸回数が制限されています。本システムをこのようなへリポートに導入することにより、より多くの救急患者を搬送できるようになる可能性もあります。ただし、救急患者を乗せるフライトでは、「乗り心地」の問題は一層重要になるでしょう。騒音低減効果といかにうまく両立させるか、実用化までの課題の一つです。

実験が終わって帰ってきたところ。左下に見える白い設備は音波や電波を使って上空の風を測るためのものです。地上数千mまでの風速分布を測ることができます。

7月28日、航空公園内で地元のペットボトルロケット大会が開かれました。この日は午前中天気が悪く、 MuPAL-εの離陸時間が遅れたため、大会開始の予定時刻ぎりぎりまでフライトすることになってしまいました。MuPAL-εがロケットに打ち落とされては大変なので?、大会参加者の皆様には着陸が完了するまで待って頂きました。ご協力誠にありがとうございました。

今年の大樹町航空公園は、航空宇宙関連の実験が目白押しで、スケジュールの確保が大変です(http://www.town.taiki.hokkaido.jp/soshiki/kikaku/kikaku/aerospace.html)。今回の実験は、他の実験の合間を縫って、土日を中心とするスケジュールが組まれました。途中、雨や霧の影響もありましたが、7月31日までに予定の実験を全て終了することができました。この日から現地では既に次の実験(JAXAのリフティングボディ自動着陸実験の予備実験)が始まっており、また8月4日には本物のロケット(道産ハイブリッドロケットCAMUI)の打ち上げも行われます。

今回の実験は順調に進んだため、地上で計測した騒音データは膨大な量(数十ギガバイト)になっています。機上で計測した飛行データは、グラフ等にして比較的短時間で内容を確認することができますが、騒音データはそうはいきません。実験中に観測点の近くを車が通ってその音が記録されてしまうことや、風が強いと「ボコボコ」という風切音が記録されてしまうこと等もあるため、怪しげなデータは研究者が全て「耳」で確認する必要があるためです。実験終了後も研究者の格闘はまだまだ続きます。

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