D-SEND#2試験サイト
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プロジェクトマネージャインタビュー

[#1] D-SENDプロジェクト第2フェース試験まもなく迫る!

D-SEND#2プロジェクトマネージャ 吉田憲司氏

JAXAが開発した低ソニックブーム設計概念を適用した超音速試験機の飛行試験が、スウェーデンのエスレンジ実験場で行われる。2011年に同実験場で行われた第1フェーズ試験(以後D-SEND#1)に続き、D-SENDプロジェクトの総決算といえる試験である。吉田憲司プロジェクトマネージャに、試験の目的と意気込みについて聞きました。(2013年5月取材)

---いよいよD-SENDプロジェクトの第2フェーズ試験(以後D-SEND#2)が始まるのですが、この試験では何を目指しているのでしょうか?

飛行機開発の歴史は高速化の歴史でもありました。より速く飛べる飛行機は、大きな経済効果を生み出します。超音速旅客機としてコンコルドが就航していましたが、残念ながら2003年に運航を終了しました。この主要な原因は、運航コストと騒音の問題でした。特に騒音では、超音速機特有のドドーンというソニックブームの発生が大きな問題となり、海上しか超音速飛行ができないという制限が課せられてしまいました。
そこでJAXAでは、従来の超音速旅客機が持つ課題をクリアする鍵技術の開発を進めてきました。その最大のテーマが、ソニックブームの低減です。独自の低ソニックブームの機体設計技術を開発し、その技術をもとに試験機を開発して超音速で飛ばして実際のソニックブームを計測するための試験計画を進めています。2011年に行われたD-SEND#1では、通常のソニックブームが発生する形状とソニックブームが低減できる形状の2種類の軸対称の飛行体を飛ばし、ソニックブームが約2分の1に低減できることと、気球を使ったソニックブームの計測技術の確立に成功しました。そして、今度のD-SEND#2で、いよいよJAXAの「低ソニックブーム設計概念」の実証試験という段階になったわけです。

---D-SEND#1同様、気球から落下させるのですね。

はい、気球に超音速試験機を吊り下げて、高度30kmまで上昇させ、そこから落下させて、高度7kmくらいでマッハ1.3になるように加速して、そこで発生するソニックブームを、高度1kmに浮かべた係留気球と地上の間の数ヵ所に取りつけたマイクで測定します。

---試験期間が約1ヵ月もありますが、試験飛行にはこれだけの時間がかかるのでしょうか?

ソニックブーム計測の飛行試験そのものは、気球での上昇を含めて数時間で終わりますが、その準備がたいへんです。特に気象条件に大きく左右されます。最も重要なのは、風向と風速です。エスレンジ実験場では、落下試験を安全な試験エリア内で行うためには、まず南風が吹いていることが必要です。幸いこの季節には、南風が吹くことがあり、試験実施の確率が高くなるものと想定しています。しかし、風向と風速は高度によって変化しますので、そう簡単ではありません。この季節では、地上から高度10kmくらいまでは西風になり、その上では逆に東風になるようなことがありますが、これはちょうど気球を試験エリアに入れるのには好条件の風向きとなっています。このような風向と風速の条件の時を狙って、その風に乗せて、試験エリアから逸れないように操縦しながら気球を上げていきます。この気球の操縦はスウェーデン宇宙公社が行います。しかし、試験に最適の風の吹く日は、過去の気象データからみて、この時期においても数日しかないので、気象条件の良い日がくると、迷うことなく試験を実行することとなります。そのため1ヵ月間も試験期間を設けているわけです。

---この試験機はどこが製造しているのでしょうか?

JAXAが空力形状と誘導制御に関する設計を担当し、その他の設計および製造は富士重工が担当しています。全長は約8m、重さは約1トンで、JAXAが将来構想として描いている50人乗りの小型超音速旅客機に適した主翼を持っています。エンジンは搭載していませんが、気球から落下するときのエネルギーで加速し、高度7kmくらいでマッハ1.3に達して、ソニックブームを発生させます。このとき機体はグライダーのように滑空していますが、その経路角は約50度です。

---なぜ50度なのでしょうか?

50度のときに、ちょうどソニックブームが地面に対して直角に伝播していくからです。試験機は自動制御で飛行し、50度の角度になるように、水平尾翼全体を動かす操舵を行います。機体には、GPSが搭載されていて、位置と高度を常に把握できますから、地上のブーム計測システム(BMS)のマイクの近くを通過できるようにコントロールすることが可能となります。
この試験機は、水平尾翼の左右2舵と垂直尾翼のラダー(方向舵)が動きます。気球から落下した後、最初は真っ直ぐ地面に向かって落下していきますが、空気が濃くなるにしたがって舵が効くようになるので、水平尾翼を動かし、機首を上げる力を与えてやります。方向を変えるときは、方向舵を使うとともに、水平尾翼を逆位 相に動かして、機体を機軸まわりに回転(ロール)を与えることも加えて方向を変えます。通常の航空機では主翼についているエルロン(補助翼)はついていません。

---この試験機はソニックブーム低減のために、どのような工夫が行われているのでしょうか?

ソニックブームは、音速を超えて飛行するとき、機体の各部から発生する衝撃波が大気中を伝播するときに、最終的に機体先端と後端の衝撃波にそれらが合体し、二つの急激な圧力上昇を伴う圧力波形となって地上に届くものです。そのため、ドドーンという二つの連続した爆発音になって聞こえます。JAXAの低ソニックブーム設計概念は、この衝撃波の合体を遅らせるようにうまく機体形状を工夫する点にあります。先端部分については、上面と下面の形状を非軸対称的に変えることで、低ソニックブーム化と低空気抵抗化を両立し、また後端では、主翼形状、後部胴体形状、水平尾翼形状のそれぞれを工夫することで、そられから発生する衝撃波の合体を遅らせる工夫が施されています。形状の特徴としては、主翼形状の3次曲面的なうねり、後部胴体の幅広な形状と下面にわずかなへこみをつけることで、機体姿勢を保ちながら(トリムを取りながら)、後端から発生するソニックブームの低減化を実現しようとしています。もちろん、このような形状設計の効果は、これまでの研究において風洞試験と数値解析で確認されていますが、これを、いよいよ今度のD-SEND#2で飛行試験を通して実証しようということです。

---今度の試験飛行が成功すれば、超音速旅客機が実現に近づくというわけですね。

ソニックブーム問題は改善が必要な非常に大きな技術課題です。そこでJAXAがその解決に向けた鍵技術の研究開発に取り組み、飛行試験を通して技術実証を試みようとしています。JAXAでは飛行姿勢・速度・重量を総合的に見て、最適なソニックブーム低減効果のシミュレーションを行っていますので、試験がうまくいってくれれば、トリム(飛行バランス)をとりながら、後端のソニックブームを低減できた最初の機体ということになります。これはまだ世界でもやっていないことです。ただし、実機の開発という点では、まだまだ先は長いかもし れません。しかし、まず最も重要な鍵技術が実証できれば、実機開発に大きな一歩となることは間違いないものと考えています。

[#2] D-SENDミッションのディープな知識

---試験機を気球で正確に飛ばすのは大変なのでは?

スウェーデン宇宙公社は、気球の運航に豊富な実績があります。上空の風向風速や高度によって変化する温度など、大気の状態を観測しながら気球を正確に操縦する技術を持っているのです。地上には、気球のパイロットがいて、ヘリウムガスを放出したり止めたりしながら、気球が予定通りのコースを飛ぶように操縦しています。
たとえば、風が強い状態では速く上昇させ、風が弱い状態ではゆっくり上昇させることで、正確にコースに乗せて飛ばすことができます。

---試験機や気球が実験場から飛び出してしまうという心配は?

実験場は南北に約100km、東西に約75kmくらいの広さがあります。それでも、マッハ1.3で飛ぶと、そのままではエリアの外に飛び出してしまいます。そこで、ソニックブームの測定が完了したら、試験機の舵(水平尾翼全体が動くフライングテールになっている)を左右逆方向に動かして錐揉み状態にして地面にむけて真っ逆さまに落とします。
また、コントロールされている気球が実験場の外に出てしまうということは、まずありませんが、万が一気球が実験場の外に出そうになったときは、ゴンドラから切り離しで、パラシュートで降下させ、実験場の敷地内に落下させるようになっています。

[#3] 超音速試験機の構造・強度・操縦性について

---D-SEND第2フェーズ試験が成功すれば、トリムを取りながらソニックブームを軽減した最初の機体となるわけですね?

そうです。トリムというのは、機体のバランスのことで、パイロットが操縦するときに必須のメカニズムです。飛行機は姿勢や速度を変えると、舵にあたる空気の圧力の大きさや向きが変わります。そのため、パイロットは飛行機の姿勢を維持するために大きな力を加え続けなければいけないのですね。今度の試験機は機体の姿勢を一定の角度に保ちながらソニックブームを低減するものです。これがうまくいけば操縦可能な超音速機の実現にさらに一歩近づくことになります。
試験機は、迎え角が3.2度のときに設計上の揚力係数を出すことができます。この姿勢で巡航飛行するためには、トリムがきちんととれないといけないわけです。すでに、我々の計算では、迎え角5度くらいの変化では、ソニックブームは大きく変化しないことがわかっています。これは、普通に操縦できる飛行機の設計が可能であるということを意味しています。

---ソニックブームは、機体の先端と後端で発生しますが、とくに後端で発生するものの低減が難しいようですね。

トリムをとりながら後端のソニックブームを低減した超音速機の飛行実証はいまだ世界のどこもやっていません。JAXAは現在この分野で先端を走っているところです。JAXAではすでに日本国内の特許をとっています。CFDや風洞実験では良い結果が出ているので、これを今度の試験機による実際の飛行で実証したいのです。

---自然落下によってマッハ1.3まで加速し、降下角が50度になるように試験機を引き起こすということですが、荷重倍数はどれくらいなのですか?

ご存知のように、飛行機は降下からの引き起こしのときに、大きな荷重がかかります。今回の試験機は、荷重倍数4.5で設計しています。4.5Gまで持ちこたえることができるということです。

---どのようにして、荷重や姿勢を制御しているのですか? 地上から操縦しているのですか?

機体に搭載したGPSで、高度・位置・速度を知り、自動的に昇降舵を動かして、降下角が50度になるようにしています。地上で人が操縦しているわけではありません。ただし、地上においたPCのモニターで機体の姿勢や速度などを確認できるようになっています。
操縦できないので、高度28km~30kmで、気球から機体を切り離すのですが、まず落下開始の位置をしっかりと決めなければなりません。そして高度7~8kmでマッハ1.3に達し、そこで機首を引き起こして50度の降下角になるようにします。そのときに地上に設置したBMSの測定エリア内にいないといけないのです。このエリアを通過する時間は、わずか10秒程度。本当に真剣勝負です。

[#4] ソニックブームを測る

---衝撃波がソニックブームを発生させるということですが、機体の先端と後端で発生するのですね?

鉛筆のようなものが超音速で飛ぶだけであれば、衝撃波は先端部分でしか発生しないのですが、胴体の太さが途中で変化したり、翼がついたり、胴体に曲面があったりすると、角の部分からも衝撃波が発生します。衝撃波は収束して機体の先端と後端に集まり、そこからソニックブームが発生します。ですから、「ドンドーン」と2回聞こえるわけです。

---音の間隔はどれくらいなのですか?

飛行機の胴体が長いほど、2つの音の間隔は長くなります。たとえば、全長60メートル・高度1万メートルで飛ぶコンコルドの場合は音の間隔は約0.2秒です。これだけ間隔が開いてると、明瞭にドンドーンと聞こえます。超音速機はあっというまに通過していくので、1回だけなら不快感は少ないのですが、2回連続すると不快感が増します。

---ソニックブームの圧力というのはどれくらいの大きさですか?

コンコルドの場合、地上では2psf(重量ポンド毎平方フィート)の圧力がかかります。1平方フィート、つまり一辺が0.3メートルの正方形の面積に2重量ポンド(=0.907キログラム重)の重さがかかっているというわけです。 もうすこしわかりやすくいうと、大気の圧力(地面にかかる力)は、約10万パスカル、2psfは96パスカル。つまり、大気圧の1000分の1の圧力変動がコンコルドによって引き起こされるのです。
大気圧のわずか1パーセントの圧力変動ですが、気圧1000ヘクトパスカルのときに、いきなり、10ヘクトパスカル上昇して1010ヘクトパスカルになり、次の瞬間に10ヘクトパスカル下がって990ヘクトパスカルになると考えれば、イメージしていただけるのではないでしょうか。

---機体の長さと高度がソニックブームの大きさを変えるということですが、機体重量はどうなのですか?

機体重量もソニックブームの大きさに関係があります。機体重量が半分になると、ソニックブームの大きさも半分になります。コンコルドは機体重量約180トンですが、この重さを半分にすれば、ソニックブームも半分になります。

---ソニックブームはどれくらいまで下げれば、不快感を感じなくなるのでしょうか。

私たちは、ソニックブームをドアをバタンとしめるときの音からノックの音くらいまで下げたいと言っています。現在、ICAO(国際民間航空機関)のSSTG(超音速タスクグループ、SuperSonic Task Group)で、どの程度まで下げればいいかを検討中です。
今のところ、0.5psfが目標です。4分の1から5分の1程度まで下げることができれば、大丈夫なのではないかと思います。
先ほど言いましたように、ソニックブームは機体の全長及び重さと相関がありますから、JAXAの技術で2分の1、重量を半分にすることで2分の1といった合わせ技で4分の1にすることを目指しています。
JAXAではソニックブームを低減しながらも、ビジネスベースにのるような超音速機の可能性を検討していきたいと考えています。


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