宇宙航空研究開発機構

番外編 飛行シミュレータによる後方乱気流の影響評価

以前このレポートでご紹介したように(2006年8月22日及び2007年6月17日実験用航空機レポート参照)、JAXAでは大型旅客機が飛行した後に生じる後方乱気流にヘリコプタや小型飛行機が入ってしまった場合の影響について研究しています。今回は、実験用航空機レポートの番外編として、飛行シミュレータ(http://www.aero.jaxa.jp/res/fstc/a02.html)を使った実験の様子についてご紹介します。
飛行機の主翼の両端から強い渦が発生します。

後方乱気流は大型機の通過後数分間で弱まります。大型機の後に大型機が続く場合、ある程度乱気流が残っていても安全に影響はありませんが、小型機が続く場合には、弱い乱気流でも大きな影響を受ける場合があります。このため、大型機の後ろを飛ぶ場合、大型機なら2分、小型機なら3分の間隔を空ける決まりになっています。「3分」というと短く感じるかもしれませんが、混雑した空港では、だいたい2分くらいの間隔で航空機の離着陸が行われています。

後方乱気流の弱まり方は気象条件等に左右されます。後方乱気流全体が風に流されたりもします。このため、安全な間隔を保っているつもりでも、思わぬところで後方乱気流に遭遇する場合もあります。これまで国内でも何件か後方乱気流に起因する事故が発生しており、最近では昨年6月に搭乗者1名が重傷を負う事故がありました。

ここでは「小型機」という言い方をしていますが、正確には重量7トン以下の航空機と定められており、飛行機、ヘリコプタの区別はありません。これまでの研究例では、ヘリコプタは飛行機に比べて後方乱気流の影響を受けにくいと言う報告もあります。もしそれが本当なら、ヘリコプタが大型機の合間を縫って混雑した空港に離着陸してもよいことになります。ただし、飛行機に比べてヘリコプタに関する研究例は世界的にも少ないため、まだ安全性が証明されているわけではありません。今回の実験の目的は、ヘリコプタと飛行機が大型機の後方乱気流に遭遇した場合の影響を比較して、その特徴を調べることです。


飛行機のシミュレータ(左:外観、右:コックピット内部) 操縦席の後ろで研究者が飛行条件や後方乱気流の強さを設定しています。


ヘリコプタのシミュレータ(左:外観、右:コックピット内部) 窓が大きく視界が広いのがヘリコプタシミュレータの特徴です。

ところで、飛行機とヘリコプタではパイロットが座る場所が左右逆なのをご存じですか?上の写真からは分かりにくいですが、飛行機は左席、ヘリコプタは右席にパイロット(機長)が座ります。理由については諸説ありますが、飛行機では左右の座席の間に配置されている機器類を右手で操作しやすいように左側に座りますが、ヘリコプタは飛行機よりも飛行特性が不安定で、パイロットは右手を操縦桿から離すことが難しいため、左手で機器類の操作を行うために右席に座る、という説が有力です。

後方乱気流は非常に局所的に発生するため、ただ飛んでいても滅多に当たりません。左の図のようなディスプレイを計器板に表示し、パイロットに後方乱気流にわざと近づくように操縦してもらいます。図の細かい矢印は各点での風速と風向を表しています。2つの強い渦が発生し、その間では強い下降流になっています。右側の渦の上方から近づいた飛行機の軌跡が描かれています。渦に近づくと姿勢が大きく傾いていることが分かります。

同じ乱気流の強さでヘリコプタで実験した結果の例です。渦のほぼ中心を通っていますが、飛行機に比べて機体の姿勢の変動は小さいことが分かります。ただし、飛行シミュレータでは、ヘリコプタの羽根(ブレード)は「剛体」(非常に強く、変形しない)と仮定しています。乱気流の影響によって瞬間的に大きな力が発生し、ブレードが破損してしまう可能性等についても今後検討する必要があります。

後方乱気流の飛行シミュレーションは、これまでにも何度か実施してきました。これまではいつもJAXAのパイロットが操縦していたため、JAXAのパイロットは後方乱気流の中を何十回も飛行し、その性質を熟知しています。しかし、実際の飛行で後方乱気流に遭遇することは、ベテランのパイロットでも一生に一度あるかないかというくらいの確率です。「後方乱気流に初めて遭遇した場合にどのような影響を受けるか」を調べるため、今回の実験では外部のパイロットに協力して頂くことになりました。1週間の実験期間中、民間の運航会社、機体メーカ、官公庁等から延べ10名以上のパイロットに参加して頂き、貴重なデータを取ることができました。参加頂いた方から、「後方乱気流の危険性は知識としては知っていても、実際に飛行シミュレータで体験するとその影響の大きさに驚き、また特徴を知ることができた。特に大型機と混在して飛行する機会の多い小型機パイロットはこのシミュレータで体験することによっていざと言うときの安全向上に役立てられるのではないか」といったコメントもいただきました。

飛行シミュレータは、普段は飛行実験の前の準備に用いる、言わば「縁の下の力持ち」です。例えば、7月28日実験用航空機レポートで紹介した低騒音最適経路の飛行実験では、事前に何度も飛行シミュレータで確認し、パイロットのワークロード(操縦の負担)が過大にならないようにプログラムを調整したりします。そして最後に飛行実験を行うわけです。ところが、今回のような実験では、飛行シミュレータが「主役」になります。実際の飛行では「危険な条件」で実験を行うことができないためです。この研究における実機(MuPAL-ε)の役割は、飛行シミュレータに用いる乱気流モデルの精度を向上するためのデータを取得することです(2006年8月22日及び2007年6月17日実験用航空機レポート参照)。実機と飛行シミュレータ、それぞれの特長をうまく組み合わせることによって、さまざまな研究に対応することができます。

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