宇宙航空研究開発機構

MuPAL-ε、GPSを用いたIFRルートの飛行試験「精密進入って?」

非精密進入と精密進入

2007年7月5日の実験用航空機レポートで計器飛行方式(IFR)と有視界飛行方式(VFR)についてご説明しました。今回は非精密進入と精密進入についてご紹介します。
両者とも、IFRによって空港やヘリポートに着陸する際に航空機を誘導する方式ですが、非精密進入は左右方向のみ誘導を行うのに対し、精密進入は上下(高度)方向の誘導も行います。精密進入の方が、雲が低かったり、視程が悪い条件でも着陸することが可能になるため、就航率が向上します。 非精密進入は、地上に設置されている無線標識(VOR等)を使って行いますが、精密進入を行うためには、これに加えて空港に計器着陸システム(ILS)等の設備を設置する必要があります。風向きに依らずに精密進入を行うためには、ILSを滑走路の両側に設置する必要があり、また複数の滑走路がある空港では、滑走路ごとに設置する必要があります。


ILSの例です。左右方向、上下方向の誘導を行うシステムをそれぞれローカライザ(LLZ)、グライドスロープ(GS)と呼びます。LLZは滑走路の延長線上に、GSは滑走路の脇に設置します。航空機はそれぞれのアンテナから送信される電波によって誘導されます。電波の障害にならないよう、アンテナの前方には広いスペースを確保する必要があります(黄色い斜線のエリア)。この写真は2000年に神奈川県の横須賀沖に設置されたメガフロート(超大型浮体式構造物)空港のILSの評価試験を行った際のものです(今回の試験とは直接関係ありません)。


ILSは非常に高価な設備で、また設置には広いスペースを必要とするため、ヘリポートには向きません。つまり、現行のシステムを使う限りヘリポートでは精密進入を行うことはできないということになります。
また、VOR等の無線標識は、空港間を結ぶルートを想定して配置されているため、ヘリポートの近くで必ずしも利用できるとは限りません。現在、我が国のヘリポートでIFRで進入できるのは、東京へリポートが唯一になります。東京へリポートは羽田空港に近いため、羽田空港への進入に用いるVORを使って進入方式が設定されています。ただし、このルートをヘリコプタが飛行すると羽田空港に離着陸する航空機の交通を阻害する可能性があるため、救急患者搬送の場合にのみ利用が認められており、一般のヘリコプタが日常的に利用できるわけではありません。


以上のような問題を解決するため、GPSを使ったIFRの実現に向けた研究を進めています。GPSを使って精密進入を行うことができれば、地上にILSを設置する必要がなくなりますが、このような技術は世界でもまだ実現されていません。JAXAでは、GPSと慣性航法装置を複合化し、精度や信頼性を向上する技術の研究(2007年5月29日付MuPAL-αのレポート参照)や、ヘリコプタにGPSを搭載したときのマルチパス誤差低減技術の研究(2007年5月29日付MuPAL-εのレポート参照)等を進めていますが、実用化にはまだ数年かかる見込みです。一方、GPSを使った非精密進入は、米国では既に実用化されており、我が国でも実現の一歩手前まで来ています。


昨年、国土交通省航空局が定めた「飛行方式設定基準」の中で、「ポイントインスペース」と呼ばれるヘリコプタのための新しい進入方式が定められました。この方式では、GPSを用いることにより、地上の無線標識の位置に関係なくヘリポートに非精密進入方式を設定することが可能になります。ヘリコプタの特長を活かしたIFR運航実現に向けた第一歩とも言えるものです。
「基準」は定められましたが、実際のヘリポートに進入方式を設定するためには、技術的なノウハウの蓄積が必要になります。例えば、「基準」では、ルートを構成する各点(「フィックス」と呼ばれます)の間の距離や角度の許容範囲等が定められていますが、実際にフィックスをどのように配置するかによってルートの実用性やパイロットのワークロード(操縦の負担)は大きく変わります。今年度実施している「GPSを用いたIFRルートの飛行試験」は、我が国においてこのようなルート設計技術を蓄積し、実用化を促進することが第一の目的になります。

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今回は2回目の予備試験になります。前回の予備試験(2007年7月5日付レポート参照)はディスプレイの機能確認が目的でしたが、今回は実際にルートを設計して飛行し、機体の飛行特性やパイロットの飛行技術等の観点から無理なく安全に飛行できることを確認することが目的です。


飛行試験を行うルートとして、群馬県の前橋市にある群馬へリポートと成田空港を結ぶルートを想定しました。群馬県を含む北関東には定期便が就航する空港がありません。成田空港まで新幹線等の陸路を使うと2時間半以上かかりますが、ヘリコプタを使えば40分程度で移動することができます。ヘリコプタによる旅客輸送のニーズが高いルートと考えられます。


飛行中のディスプレイの表示の例です。関東地方には、羽田や成田等の民間空港だけではなく、自衛隊や米軍の基地が点在しており、それぞれに管制圏が定められています。今回飛行したルート(緑と青で塗られた範囲)も、これらの管制圏(赤で塗られた範囲)を避けるように設定されています。


各フィックスごとに通過高度を指定します。非精密進入では、高度方向の誘導は行わないため、降下のタイミングや降下率等はパイロットが判断します。


今回の飛行試験では、上空の風が20kt(約10m/s)という比較的厳しい条件でしたが、「基準」に定められている値に対して十分高い精度で設定したルートを飛行できることが確認できました。


関東平野は日本で一番広い平野であり、今回飛行したルートの周辺では地形的な障害はほとんどありませんが、我が国全体では、飛行ルートの周辺に山等の障害物がある場合も多く、また梅雨の時期には視程が悪い日が続くといった航空機の運航に影響を及ぼす我が国独自の事情があります。「飛行方式設定基準」は国際的な基準に基づいて定められているため、この基準に従って設計したルートが我が国の運航ニーズにどこまで対応できるか検討を進め、精密進入等の新しい技術の開発に役立てていきたいと考えています。


IFR運航を行う場合、パイロットは常に管制官の指示に従って飛行します。このため、ルートの全体にわたって管制官との無線通信が確保されている必要があります。また、多くの航空機が飛行する関東地方で、飛行経路や飛行速度が異なるヘリコプタがIFR運航を行うと、管制官のワークロードが過大になる恐れもあります。今回は「予備試験」としてパイロットから見たルートの妥当性を評価しましたが、今後予定している「本試験」では、管制機関にもご協力をお願いして総合的な評価を実施する予定です。

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